やさしい心中(ありこさん)






毎朝高尾はリヤカーの括り付けられた自転車を漕いでいる。じゃんけんで負けた方が漕ぐきまりなのだけれど、高尾はそれに勝ったためしがない。だから毎朝漕いでいる。単純な話だ。緑間は当然のようにそこに座り、くつろぎながら、わずかな振動に身を揺らすばかりだ。損な役回りだなぁと思いながらも、高尾はそれを漕ぎ続ける。別に、損だというだけで、嫌な役回りではないのだから。

「このチャリさーもうちょっとスピードでねーのかなー」
「リヤカーを括り付けているからな」
「まーそうなんだけどよー」

ぶつくさ言いながらも、高尾は学校に向かってそれを漕ぎ続ける。目的地はいつだって学校だ。帰りは自宅になるが。とにかく、目的地ははっきりとしている。むしろ降りて二人で歩いたほうが早いのではないかというスピードのときだってある。割に合わない。高尾は朝から汗をかいて、緑間の乗っているリヤカーを引っ張っていく。目的地に向かって。

「あーあ、このチャリがもっとスピード出ればいいのに」
「なんだ、そんなにリヤカーを引っ張るのが嫌なのか」
「いやそうじゃねーんだけどさー。だって、このスピードだったら、俺が引っ張ってる最中でも真ちゃん、降りようと思えば降りられるじゃん」
「まあ、そうだな」
「それがなーだめなんだよなー」

高尾はぶつくさ言いながら、目的地に向かって頑張ってペダルをまわした。高尾はいつも考えている。この先に目的地なんてものがなかったら、それはそれで、むしろそっちの方がずっといいのに、と。

「真ちゃんが怖くて降りられないくらいスピードが出たらいいのに」
「それは危ないだろう。自動車と同じじゃないか」
「そ、それくらい。落ちたら死んじゃうくらい」
「貴様が何を考えているのかよくわからないのだよ」
「んー俺もよくわかんないんだよなーこれが」
「要領を得ないな」
「はは、でもさー真ちゃんが怖くて降りられないくらいのスピードが出たらさーどこにだって連れてけちゃう気がするんだよねー」

高尾ははは、と少し後ろを振り返って、笑ってみせた。目的地に向かうリヤカーのところで、緑間は、「なんだ、そんなことか」とつぶやいた。もうすぐ学校が見えてくる。もうすぐ目的地だ。もうすぐ終わってしまう。目的地があるということは、終わりがあるということだ。高尾が緑間を運んでいけるところには、終わりがある。いつまでも運んでいられるというわけでは、もちろん、ない。



「そんなの、貴様が行きたいと思うなら、どこへだっていけばいいだろう。俺はそこへついていってやらないでもないのだよ」


END


ありこさんへ
リクエストありがとうございました

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