カーテンがゆれる、ふたりの残りわずかなにおいが飛んでいく(ヤウズさん)






伏見の部屋にはなんにもない。同居人もいないし、家具も必要最低限以下しかない。ただPCが置いてあって、机があって、ベッドがある。そして伏見がいる、それだけだ。それだけの中に、たまに秋山が入り込む。秋山が入り込んで、話をしたり、手を握りあってみたり、抱きしめてみたり、キスしてみたり、それ以上のことをしたりしてみる。けれど、やっぱり伏見の部屋にはなんにもなかった。

伏見の部屋でそういうことをしたあとに、伏見は籠った汗のにおいが気になるのか、カラリと窓を開けた。冷たい風が部屋に吹き込んできて、夜のにおいが部屋にしっとりと降り積もっていく。電気を消したままだったものだから、外からこぼれるネオンだけが薄明りでふたりを照らしだしていた。秋山は全部服を着てしまってから、ふう、と一息つく。火照った身体に、夜風が少し心地いい。

「伏見さんの部屋、いっつも思うんですけど、殺風景ですね」
「文句あるなら来るなよ」
「いえ、文句があるわけでは…ないんですが…」

とりつくしまもない伏見の言葉に、秋山は困った顔で笑ってしまった。薄明りの中で伏見の部屋を見渡して、「今度、なにか家具でも探しに行きませんか」と言った。ラックだとか、カラーボックスだとか、本棚だとか、間接照明だとか、そういうものを置いても、いいんじゃないか、と。

「そうしたら、ここを出ていくときに面倒だろ」

伏見は何の気なしに、そう言った。きっと伏見はほんとうに、深い意味でそう言ったわけでは、ないのだろう。けれど秋山はその言葉に焦燥に似た胸騒ぎを覚えた。伏見はここを、なんだと思っているのだろうと。

きっと伏見は、手ぶらでここまで来てしまったのだろうなあと、秋山は思った。だから伏見はどこへでも行けてしまう。今までに手に入れたものを全部さっさと捨ててしまって、次の場所へ、次の場所へと歩みを進めてしまう。それはとても身軽で、楽かもしれない。けれどとても寂しい生き方だ。歩き方だ。何か一つくらい荷物があったっていい。そういうものを持っているのが、人間だ。

「伏見さん」
「んだよ」
「やっぱりなにか家具、買いに行きましょう」

秋山がそう言ったとき、伏見はなんにも答えなかった。イエスとも、ノーとも言わなかった。けれど、少しだけ考える顔になって、「あんただけじゃ、だめなのか」と言った。それがどういう意味だったのか、秋山にはすこし、わからなかった。わからないふりをした。わかってしまったら、自分も、何もかも全部捨ててしまいそうな、そんな気がしたものだから。


END


ヤウズさんへ
リクエストありがとうございました。


title by 深爪

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