こいとかあいとかよくわかんない、ようするにかっこつけた金魚みたいに酸欠になるんでしょう(椿さんへ)
伏見の中は自分のことだけでいっぱいだ。基本的に自分のことしか考えられない。自分のことしか考えられないから他人を平気で傷つけて、自分も傷ついて、ボロボロになって、それで満足している。それで生きているんだって、そう思える。自分のことだけだ。自分のことだけで事足りている。他のことなんて気にしていられるほど、伏見の世界は甘くない。愛とか恋とか、そういうものから一番遠いところにある世界が、伏見の世界だ。
けれど、最近そのさびしくて冷たくて凍えてしまいそうな世界にちょっとしたヒビが入った。伏見の周りに、自分とか恰好とかそういうものより他人を優先してしまうような変人が現れたのだ。秋山氷杜その人だ。その人物は頭がおかしくなったのか、自分のことしか考えていない伏見に向かって「あなたのことが好きなんです。どうしてもほうっておけないんです」と言ってきた。それは宇宙人の言葉なんじゃないかというほど、伏見には理解できなかった。だから伏見はなんにも答えなかった。うんともすんとも言わなかった。なのに秋山はそれだけで満足したような顔になって、はは、と笑った。悲しそうに、嬉しそうに、さびしそうに、幸せそうに。
その日から、伏見の世界にはヒビが入った。そこから酸素みたいなものが抜け出ていくように、苦しくなった。自分のことしか考えていなかった日常がなんだか重苦しく感じられるようになった。けれど、それをどうしていいかわからなかったので、伏見はただひたすらに仕事に集中した。集中して集中して、全部全部追い出して、自分以外の全部を遠ざけてしまおうとした。なのに、遠ざけても遠ざけても、秋山がそこにいる。真っ暗で、伏見以外だれもいない世界の中に、どうしてか秋山がいて、にこにこしながら「こっちにきませんか」と手を伸ばしている。その手をとってしまったら、今までの自分ががらがらと崩れ去って、跡形も残らないような気がして、とても怖かった。秋山がただ、こわかった。そうして、自分がとてもみじめで、子供っぽくて、ちっぽけで、意地をはっているだけの生物に思えてしまうようで、いけなかった。その手をとったらおしまいなのだ、と伏見にはわかっていた。わかっていたから、どうしたって、どうにもならなかった。
そんな日が続いて、伏見はもうぐったりしてしまった。仕事がだんだんと手につかなくなって、胸はどんどんくるしくなっていった。そんな伏見を心配したらしい秋山が、「俺のせいですか」とある日聞いてきた。伏見はやはり、うんともすんとも言わなかった。言わなかったのに、秋山は今度は泣きそうに笑って、「あのときのことは忘れてください」と言った。そんなことを言われなくったって、伏見はもう忘れようとしている。けれど、忘れようとしたって、忘れられなかったのだ。機械になりたい、と伏見は思った。機械になって、メモリを全部ぶっ壊して、そうして、真っ暗な中で伸ばされる手を、さっさと取ってしまいたいなあと、思った。そう、思ったのだ。恰好は、つかないけれど。
END
椿さんへ。
リクエストありがとうございました。
title by 深爪