Q あんど A(ユウさん)






秋山と伏見は付き合っている。もう3カ月くらい。なのに、他よりもちょっと多くメールするだとか、電話するだとか、そういうことを除いて、付き合っている、ということを実感できることは、なんにもなかった。例えば手をつないだり、キスをしたり、ハグをしたり、そういうことだ。そういうことがまったくこれっぽっちも小指の甘皮ほども、ない。秋山はそろそろ不安になっていた。かまってもらえないと死んじゃう系男子が秋山だ。かまってもらえないと死んじゃう系男子でなくても、これは不安になる。伏見なりの愛情表現だとか、そういうのもなかなか感じられない。むしろ愛情を表現してくれているのかさえわからない。なんならそこに愛情があるのかどうかも、わからなかった。伏見のことがなんにもわからない。ほんとうに、なんにも。


ある日秋山が昼からセプター4に出勤してみたら、伏見がマスクをしてデスクに向かっていた。それもただの白いマスクじゃない。白地に黒でバッテンマークが書いてあるタイプのマスクだ。なんの罰ゲームなのだろう、と秋山は伏見に「どうなさったんですか?それ」と尋ねる。すると伏見は声を出さずに筆談で、『他のやつに聞け』と。そっけないにもほどがある。

秋山がちょっとしょんぼりしながらとりあえず弁財に伏見の件を尋ねてみると、弁財は渋面をつくりつつ、「いや、午前の見回り中にストレインに遭遇したらしくてな…」と順を追って説明してくれた。

弁財の話によるとこうだ。伏見は普段どおり、午前中に街中の巡回に出かけたらしい。弁財や榎本など特務隊の何人かを引き連れて。そしてその時にとあるストレインに遭遇したらしいのだ。遭遇した、といっても、伏見の肩とそのストレインの肩がちょっとぶつかってしまったらしい。むしろ肩がぶつかってしばらくするまで、その人物がストレインだと誰も気が付かなかった。伏見はいつものように「気をつけろこのクソ野郎!」と怒鳴っていたらしい。伏見はそのとき少し驚いた顔になったらしいのだが、他は「またか…」とそのことについてあまり深く考えはしなかった。問題はセプター4に戻ってきてからだ。報告書を淡島に提出しようとしたらしい伏見が、淡島に向かって、「その破廉恥な恰好どうにかならないんすかね。胸元とか脚とか出しすぎなんじゃないっすか」と言ってしまったらしいのだ。こればっかりは本人も大きく目を見開いて、口を押えた。そこから発覚したのだ、伏見がストレインの能力によって口を開けば本音が出てしまう体質になってしまっていたということが。幸い、そのストレインはきっちりとセプター4の資料に登録されていたため、そこから連絡をとり、能力の概要や有効期限まできっちりと聞き出し、厳重注意をすることができた。有効期限は今日一日だけらしい。それで伏見は本音を吐き出してしまわないように、と罰ゲームちっくなマスクを装着している、というわけだ。

弁財の話を聞いて秋山は、「なんとも…まあ…大変なことに…」と。だから淡島は今日あんなに不機嫌なのか、と、彼女の方を見やる。本音というものはなかなかに威力のある言葉らしい。



その日の午後、夜勤への引き継ぎやら何やらを終えて秋山が休憩室で一息ついていると、そこへ伏見がやってきた。伏見は相変わらず罰ゲームを思わせるマスクを装着していた。そうして、無言のまま自販機でブラックコーヒーを購入し、秋山とふた席分くらいあけてそこに腰掛ける。あたりまえだが終始無言だ。視線すら合わせてくれようとはしない。秋山はちょっと切なくなりながら、自分の手元にあるミルクティーを見つめてみた。なんにもうまくいっていない。こうして二人っきりになってみたところで、恋人らしいことはなんにもないのだ。伏見はほんとうに自分のことを想ってくれているのだろうか、と。そうして、それを考えたときに、秋山はふと考えた。今、伏見のマスクを外して、それで「俺のことほんとはどう思ってるんですか」と聞いたならば、どうなるのだろう、と。それが秋山にとっていい答えであれ、悪い答えであれ、どちらにせよこの悩みには決着がついてしまうのではないか。秋山はそう思うまま、伏見の方にそろりと手をののばし、それがあと一センチ、となったところで、ぎくりとした。

自分は今もしかして、とんでもなく卑怯なことをしているんじゃないか、と。

そんな考えが頭をよぎってしまったらもう伏見のマスクに手をかけることができなくて、秋山はぴしりと固まってしまう。そうしたら気づいたらしい伏見が「なんだよ」と言わんばかりににらみつけてくる。仕方なしに秋山は、「いえ、髪の毛にゴミが」と言って誤魔化した。誤魔化したなら、伏見が自分からするりとマスクを外して、「このヘタレ野郎」、と。

「え、」

秋山が驚いている間に、伏見はまたマスクをもとに戻してしまう。ちょっとまってくれ、と、秋山は思った。まってくれ、まだ、聞きたいことが。


Q あんど A


(今聞かないで、じゃあ、いつになったら、聞けるのだろう)


END


ユウさんへ。
リクエストありがとうございました。

title by 深爪

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