きっとあなたには未来が見えていた
オレは荒北さんが大嫌いだ。この世界に何億人も人がいるとしても、多分その中で一番大嫌いだ。嫌いで嫌いでたまらない。とても嫌いだ。一言で言うととにかく嫌いだ。とにかく嫌いなのに、オレは荒北さんの背中を追いかけ続けてる。追いかけ続けて、へとへとになっている。練習が終われば身体の中のもの全部出し尽くしたんじゃないかってくらい、なんにもなくなる。そうして空っぽになってみてから部室の中を見渡してみると、自転車がある。自転車しかない。それでよかった。オレと荒北さんはきっと、自転車がなければなんの繋がりもなかったんだろうなあと思う。その方がずっと幸せだったかもしれない。それくらいには荒北さんが大嫌いで、悔しいほどに、尊敬している。
ある日練習が終わったら、荒北さんがオレの前に来て、すんすんと鼻を鳴らした。この人のこのにおいで人を判断する癖はどうにかならないものかといつも思っている。荒北さんはまたすんすんと鼻を鳴らして、首を傾げた。首を傾げて、またすんすんと鼻を鳴らす。汗臭いのは承知しているから、そろそろやめてくれないかなあとオレが思ったあたりに、荒北さんは首を傾げながら、「なァ、お前、オレのこと嫌いだよなァ?」と尋ねてきた。俺はどう答えたもんかと思ったけれど、ここでおべっかを使ったところで荒北さんには通用しないとわかっていたので、「そりゃあ、まあ、」と答えた。ちょっと不機嫌そうな顔くらいにはなるかと思ったけれど、荒北さんは別に、そんな顔にはならなかった。ただでさえ目つきの悪い細目を、さらに細めて、「間違っても、オレのこと好きじゃねェよなァ」と言った。いつもの歯茎まで見える口の動かし方で。
「何言ってるんですか」
「んん?あァ、いや、なんでもねえヨ」
「はあ…」
荒北さんはまだ鼻をすんすんならして首を傾げていたけれど、オレにはもうよくわからなかった。けれど、死んだってこの人を好きになんかなりやしない、なっちゃいけないんだとは、思っていた。
きっとあなたには未来がみえていた
END