ただひとこと欲しかったのだ傍にいてと





※伏見吠舞羅時代


その日、草薙は一人ではどうにもならないほどの量の買い出しに出向かなければいけなかった。基本的に食材の買い出しであったのだけれど、買い物メモを作ってみて、これは一人では無理だろうと。そこで、バーの隅の方で暇そうにしていた伏見に声をかけたのだ。声をかけたといっても半ば強制連行のようなものだ。伏見は舌打ちをひとつして、草薙についてバーを出た。

近頃は風が冷たくていけなかった。秋も終わり、冬が訪れようとしている時期だ。草薙は冬用のコートに身を包み、マフラーもしていた。それでも頬をなでる風は冷えている。もうすぐ冬なのだ、と、それでわかった。サングラスのブリッジを持ち上げて、草薙はふうと息をつく。まだ息は白くならない。だからまだ、秋だ。まだ。

「悪いなあ、手伝ってもろて」

草薙が悪びれもせずにそんなことを言うと、伏見は寒いのかポケットに手を突っ込みながら、舌打ちをした。

「そんなことこれっぽっちも思ってないんでしょう」
「そんなことはあらへんよ」
「どうだか」

草薙がよくよく見てみると、伏見はずいぶんな薄着だった。今日はバーの中でぬくぬくとしている予定だったのだろう。寒いのは行きと帰りだけだと予想していたのか、コートも着ておらず、厚手のニット一枚だった。首のあたりが冷えそうな恰好だなあと草薙は思った。思ったので、自分のマフラーを外して、伏見の首にかけてやる。恋人であるわけではないので、かけてやるだけだ。巻いてやったりはしない。

「なんすか」
「いや、寒いやろな思って。これ、お駄賃言うことで」

伏見は舌打ちして、その首にひっかかったマフラーを、雑に巻いた。結びもしない。それではすぐにずりおちてしまうだろう。

「なんや、人がせっかく優しくしたってるのに」

草薙が肩をすくめて見せると、伏見ははあ、と息を吐いて、それが白くないことを確認した。そうして、ちらりと珍しく草薙に視線を向ける。

「だって、あんたがこうやって女落としてんだなって、わかるんですもん」

草薙はいやな顔だなあと思いつつも、「辛辣やな」と、ずり下がってもいないサングラスのブリッジを持ち上げた。けれど、ちょっと笑ってから、「そうやね、そうやよ」とも言った。薄くなった首元をなでる風が、冷たかった。とても冷たい。冬のにおいがした。


END


かえさんへ
リクエストありがとうございました。


title by 獣

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