にがつにじゅうはちにち





1月が終わってしまった。現在は2月1日だった。部活の帰り道、携帯に表示された日付を見て、紫原は溜息をついた。そうしたら、ちょうど隣にいた氷室が「どうしたんだい?」と首を傾げる。氷室の言葉づかいはいちいち和訳された洋書のようだ。その言葉遣いでもって、氷室はよく、誰かを誘っている。それは女の子だったり、男の人だったりした。結局は誰でもいいんだろうなあと、紫原は常々思っている。そうして、その言葉遣いから連想したそのことをすこし想ってから、今日の日付をもう一度確認した。確認して、携帯をパタンと閉じる。

「室ちん」
「なんだい」
「あのさ、2月のあいだだけ、恋人ごっこしよう」

紫原がそう言ったときに、氷室は少し驚いた顔になった。けれど、すぐにいつものポーカーフェイスになって、「どうして?」と首を傾げてみせる。

「だって、2月って、いちばん短いじゃん。おためしってやつ」

氷室は、「アツシは俺のことが好きなの?」だとか、野暮ったいことは、なんにも言わなかった。けれど、ちょっと考えてから、「オーケー、いいよ。楽しそうだ」と答えた。その声音に裏表はなさそうだった。紫原は氷室の方をちょっと見てから、またすぐに、視線をアスファルトに戻す。あまり楽しい気分ではなかったものだから。


紫原は、恋人というものになったらすぐにでも手を繋いだり、キスをしたり、ハグをしたり、なんなら肌を重ねたりするものだと、当然、思っていた。相手が氷室だったこともある。けれど、氷室は2月限定で恋人になってみても、紫原にそういうことを強要したり、それとなくにおわせるようなことはしなかった。ただ、2人で一緒に過ごす時間が、少し多くなった。会話の間隙に苦痛を感じなくなった。ぱさぱさと乾燥していた空気が、しっとりと重みをもったようでもあった。声のトーンが少し低くなり、部屋で話すときは、耳を噛むようにして、会話した。くすくすとずっと笑っているような間柄だった。かりそめであっても、紫原は氷室をいとおしいと、そう思ったのだ。氷室がどう思っているかは、さて置き。しかし、紫原がそれを伝えることは、終ぞなかった。2月28日の足音が、もう背中のすぐそこまで、迫ってきている。

2月28日の部活終わりに、紫原と氷室は、並んで歩いて帰った。ちょうど、2月1日のように。紫原はただ、今日で終わりだと思った。ひと月は短い。2月はもっと短い。あと2、3日あっても、よかったかもしれないなんて、柄にもなく思った。そうしてから、そっと、氷室の髪の毛の隙間に囁きかけるようにして、「ねえ、手、繋いでもいい」と尋ねた。氷室はちょっと寂しそうに笑って、「いいよ」と答えた。だから、紫原は、そろそろと手を伸ばして、氷室の左手の小指に、自分の右手の人差し指をひっかけた。

「これじゃあ、すぐ離れちゃうな」
「いいんだよ。…これくらいで、いいんだよ」
「そう…。そうか」
「うん」

あたりはしんと静まり返っていた。足元には融けない雪が残っている。踏み固められて、つるつるになっていた。ちょっと気を抜くと、すぐに転んでしまいそうな道だ。紫原は静かに白い息を吐いて、たよりなく繋いでいる右手を見た。そうして、また雪道を見て、少し瞼を伏せる。太陽は地平線に沈んで、山の隙間にほんのわずかだけ残照があった。あたりはほとんど真っ暗だ。真っ暗な中で、紫原は、そろりと、「室ちん」とつぶやいた。

「なんだい」
「あのさ、室ちんはさ、誰でもいいの?」

紫原の問いかけに、氷室は、持っていた携帯の画面をちらりと見た。そうして、日付を確認してから、左手の小指を、少しだけ折り曲げる。視線は雪道に注がれて、それから、伏せられた。紫原も、地面ばかり見つめている。いつだって、そんなものだ。

「そんなことは、ないよ。そんなこと、ないんだ」

残照も消え、あたりはもう、真っ暗だった。つないだ指がだんだんと冷たくなっていく。2月28日は、もう終わろうとしていた。


END


ツイッターにて國東様のツイートよりネタをいただき書かせていただきました。
素敵なネタをありがとうございました。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -