なくすのがこわいというあなたにわたしはまだ教えてあげない(内蔵助さん)






「俺は手もつながないし、キスもしたくないし、ハグもしないし、ヤるなんてもってのほかですけど、それでもいいなら付き合います」

秋山が決死の思いで伏見に告白したとき、得られた回答はそんなものだった。けれど秋山にしてみれば玉砕覚悟、ほとんどダメもとでこのどうしようもなく溢れそうな想いを伏見に伝えたのだから、それは僥倖であった。コンマ一秒の時間も置かずに「大丈夫ですそんなのは気にしません」と答えていた。それから、この先どうつなげていいかわからなかったので、とりあえず「よろしくお願いしてもいいんですか」と聞いてみた。そしたら伏見は少し不機嫌そうに舌打ちをした。


そんなこんなで秋山と伏見が付き合い始めてから幾分かの時間が過ぎた。正確には一か月だ。一か月ちょうどのその日に、秋山は伏見をデートに誘ってみたがしかしすげなく断られた。そのあたりで秋山は少し落ち込んだ。付き合ったといっても、その付き合い始める前と後でなんにも変らなかったからだ。メールは秋山からしか送らないし、返ってきたとしてもそっけない返事ばかりだ。電話だってそうだ。むしろ電話は出てくれないことのほうが多い。二人っきりで仕事から帰ることなんか奇跡だったし、そももそふたりの時間というものが絶対的に足りていない。こんなので付き合っていると言えるのだろうか、と秋山は思った。

そもそも、付き合うというのは、なんだ。結婚する前の猶予期間だろうか。いやしかし最近の若者は「好きだから」という理由だけで付き合うものだ。付き合ってはいるけれど将来的に結婚するかというとそうではないという関係もままある。むしろ年齢が若ければそちらのほうが断然多い。秋山は25歳で、伏見は19歳だ。そもそも男同士では結婚できない。そうしたのなら、付き合っているという関係とは、なんだ。お互いに触れることを容認しあう関係か。しかし伏見は秋山に「俺は手もつながないし、キスもしたくないし、ハグもしないし、ヤるなんてもってのほかですけど、それでもいいなら付き合います」と宣言している。付き合うって、なんだ。いままでとどう違うんだ。秋山はぐるぐるとタンマツを握りしめながら、考えた。思えば、伏見はああ言えば秋山があきらめると思っていたのかもしれない。それなのに秋山が「それでもいいです」と言ってしまったから、今度は付き合っているのに変な距離を置いているのかもしれない。じゃあ最初から「無理」と断ってくれたならよかったのに。


その日、秋山と伏見はめずらしくふたりっきりになった。仕事の残業で、だ。秋山は自分のぶんがはやく終わってしまったので、ふと、伏見の方を見た。伏見のデスクにはまだ書類が残っている。だから秋山は「手伝いましょうか」と言った。伏見は「いい。もうすぐ終わる」と言った。伏見の感覚で、「もうすぐ」というのはどれくらいなのだろう、と秋山は思う。けれど、断られてしまってはできることがないので、秋山は静かに給湯室でコーヒーをドリップした。二人分だ。そして、それを伏見に「どうぞ」と出してやる。伏見はなんにも答えてくれなかったけれど、秋山がそばでじっとしていると、それに口をつけた。

「なんだよ」
「いえ、なんでもないです」
「ならどっかいけ。もう終わってんだろ」
「まあ、そうですけれど」

付き合うって、なんだ。付き合っているって、なんだ、と、秋山は考えた。考えてから、伏見の態度を思い出して、秋山を避けてはいてもしかし邪見には扱わない態度を、思い出してみた。そうしたらちょっとわらけてきて、実際、ふふふ、と笑ってしまった。伏見はいぶかしげな視線を秋山に向ける。コーヒーの湯気で、メガネが少しだけ曇っていた。秋山は「すみません、少し疲れていたみたいで」と適当にごまかす。伏見は「じゃあ帰れよ」と言った。けれど、秋山はいれてしまった自分のぶんのコーヒーを持ち上げて、「もうすこしだけここにいます」と答える。伏見は少しだけ不機嫌そうに、舌打ちをした。


END


内蔵助さんへ
リクエストありがとうございました

title by 深爪

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