いつからぼくの心はこんなによごれちまったんだい(くさばさん)
「はじめは一緒にいれるだけでよかったんだ」
寮を少し出たところにある植木を囲う煉瓦に座り込んで、布施はぽつりぽつりとあぶくを吐き出すように呟いた。手には甘ったるいカフェオレの缶が握られている。五島はその正面で、敵対するように背中を樹木に預けていた。手にはブラックコーヒーを持っている。もちろんホットだ。アイスのブラック、しかも缶コーヒーなんてものは飲めたものじゃない。へんな酸味ばかり際立っていけないのだ。
「はじめは一緒にいられるだけでよかった」
「…嫌味だな」
五島があえて言葉を正してそう繰り返すと、布施は形のいい眉をひくりと動かした。けれどそれだけだ。ちょっとだけ五島をにらんでから、すぐに、カフェオレの缶に視線を戻す。まるでそこに答えが書いてあるかのように。
時刻は夜中だった。寮の明かりもぽつりぽつりとしかついていない。五島は自分の部屋の電気が消えて、布施の部屋の電気がついていることから、また日高は榎本の、つまるところ布施の部屋に行っているのだろうと思った。そうして、ブラックコーヒーを見つめてみる。答えなんて、書いていない。
「…そこから、どんどんだめになった」
「どういうことさ」
「一緒にいるだけじゃ、たんなくなった」
「一緒にいるだけじゃ、足りなくなった」
布施は一口、カフェオレを飲んだ。湯気が出ている。あたたかいものがほしくなる季節だ。まだまだ。寒い季節はひと肌が恋しくなる。夜一緒になって身体を温め合う人と、朝、ぬくもりを感じながら目を覚ます人がほしくなる。人間というものは単純だ。寒いとぬくもりを求める。暑いと距離をとりたがる。そういうふうになっている。
「もっとたくさん話したいと思った」
「話したんじゃないの」
「話した。そしたら、抱きしめたいと思った」
「そう」
「抱きしめて、キスしたいと思った」
「それだけじゃないんでしょ」
「そう」
五島はちょっと溜息をついてから、ブラックコーヒーを飲んだ。ただひたすらに苦い。鮮度がないから、酸味ばかりが際立っているし、深さもコクも香りもない。ただ、舌を苦くするだけの飲み物だ。少しは目も覚めるけれど。
「それってさ、きっと際限ないよ」
「…」
「キスして、セックスして、それ以上って、どこにあるのさ」
「…」
「きっとどこかで行き詰る。行き詰って、息詰まって、きっと、前の関係の方がよかったよって、思うんだ、きっと」
「そんなのわかんねーよ」
「だって、布施、僕にこんな話してる。それが答えなんじゃないの」
布施はじっと、甘ったるいだけのカフェオレを見つめた。見つめてから、口の中で小さく、小さく、「ちくしょう」と言った。きっと答えなんかどこにもない。答えを探そうとするのが、もうだめなんだと、わかっていた。けれど大人というけったいな生き物はとにかく答えを出したがるし、探したがる。この気持ちに名前だって、ありはしないのに。先も、前も、なんにも、ありはしないのに。
END
くさばさんへ
リクエストありがとうございました。
title by 深爪