その魔法こそ僕からの復讐です(柚祁さんへ)






小学でも中学でも高校でも、内緒話というものはとにかく第三者に聞かれると困る。困ってしまうものだから、仲間内だけでわかる暗号の組み合わせで額を寄せ合うのだ。それは基本的に「ニックネーム」や「あだ名」によって完成する。たとえば、「秋山に最近彼女ができた」という文章の、「秋山」という部分にニックネームやらあだ名やらを当てはめるというのがそれだ。ここで仮に秋山のニックネームを「前髪」だとしよう。もっとも、そんなにわかりやすいニックネームがついていることはとても珍しいことではあるが。とにかく、先ほどの文章は「前髪に最近彼女ができた」という文章になる。「前髪」というのをそのまま、前に下がっている髪の毛であると考えるのは日高くらいだ。たいていの人はそれを「ニックネーム」だと思う。けれど、「秋山=前髪」という認識ができていなければ、誰に彼女ができたのかわからない。「秋山=前髪」というのは、暗号を解く「鍵」だ。

さらに、たとえば「最近秋山と伏見が付き合い始めた」という文章があったとする。たとえばの話である。もちろん秋山と伏見が付き合っているだなんてそんな事実は存在しない。とにかく、そのときその文章は、「鍵」をつかうことで、「最近前髪と伏見が付き合いはじめた」という暗号に置き換えることができる。そのあとさらに、「伏見」を「眼鏡」と仮においたとしたら、文章は「最近前髪と眼鏡が付き合いはじめた」という暗号文になる。このとき、「秋山=前髪」という「鍵」と、「伏見=眼鏡」という「鍵」、両方を持っていないと、この暗号はとけない。だから、このふたつの鍵を知らない人の前で「最近前髪と眼鏡が付き合いはじめたらしいよ」という話をしても、それが「最近秋山と伏見が付き合い始めたらしいよ」という話には結びつかない。こういう、ちょっとしたことで噂話は暗号化されている。だれだってやっていることだ。だって、噂話は、誰かに聞かれると、困る。仲間内だけで共有することが、楽しいのだ。

そんなことをしているから、どんどんと、手元には「鍵」が増えていってしまう。一つグループにしか所属していなければ、それは「一人につき一つ」、しかもよく噂される特定の人物についてのものだけで事足りる。けれど、いくつかのグループで浅く広く交流していると、膨大な数の「鍵」を手に入れてしまうことになる。さらに、「鍵」というものはとにかく、人にばれたら終わりなのだ。だから、それなりの頻度でくるくると変わっていく。「秋山=前髪」という鍵が、いつの間にか「秋山=エース」という鍵に書き換えられ、しかも書き換えられたあとに「前髪が…」と噂話をしようとすると、仲間からつまはじきにされる。だから、多くの人は一つのグループにしか所属できない。そのグループのおびただしい「鍵」を管理することで、精一杯だからだ。

そして、この暗号方式はとても手軽だが、いくつか問題がある。

ひとつは「鍵」がばれてしまったら全て終わりだということだ。なにせ単純な置き換え作業しかしていないのだから、伏見に「秋山=前髪」で、「伏見=眼鏡」という鍵がばれてしまえば、簡単に「最近秋山と伏見が付き合い始めた」という文章を解読されてしまう。そして、ばれているかどうかというのは、なかなかに判断がむつかしい。

そしてもうひとつの問題は、どのようにして「鍵」を仲間内に教えるか、ということだ。もちろんメジャーなのは口頭であるがしかし、誰が聞いているともわからない。メールで送信しても絶対に安全とは言い切れないし、手紙だってもしかしたら誰かに読まれるかもしれない。とにかく、リスクが大きいのだ。

だったら噂話なんてものはするなという話になるのだが、これがやめられないから人類は苦労しているのだ。だれがどうしたとか、こうなっているとか、自分のことでもないのに興味津々になって、時間も忘れて話し込んでいる。伏見はそういった様子を見て、心底くだらないと思っていた。伏見の手元には鍵のようなものが一切なかった。だから、どこからも締め出されている。言い方が悪いかもしれない。伏見はどの鍵も手に入れようとしなかった。暗号は暗号のままで、伏見の周りを渦巻いているのだ。

しかし、ある日のこと、伏見のPCに、なぜか「壬生=秋山、三条=伏見」と書かれたポストイットが貼られていた。伏見ははじめ、誰かの嫌がらせか、暗号かと思ったが、仕事には全く関係なさそうだったので、それを剥がして、すぐにゴミ箱に捨ててしまった。けれど、昼間の食堂で、いつもの元剣四の面子が「壬生さんが…」と話していたので、反射的にそちらの方を見てしまった。

「そういえば、今日壬生さんが呼び出されてたけど、どうしたんだろ」
「んふふ、なんか三条さんとこの書類ミスったらしいよ」
「うわまじかよ。ていうかめずらしい」

伏見はそこまで聞いて、今朝のポストイットの内容を思い出し、秋山が自分に提出する書類にミスをしていたことを思い出した。どうやら今朝のポストイットに書いてあったのは、剣四の仲間内で使われている秋山と伏見に関する暗号の鍵だったらしい。伏見はどうしてそんなことを、と首を傾げつつ、昼食にもなっていないゼリー飲料を啜った。

「わざとだろ」
「え、なんで?」
「だって、壬生さん、三条さんのこと好きだって、みんな知ってるぜ、本人以外」

そのあたりで伏見が盛大にゼリー飲料を噴き出した。


秋山はその様子を見てから、きっと明日にはもう「鍵」は書き換えられてしまっているだろうなあと思った。けれどまあ、伝わるべき人には伝わった。伏見のデスクに貼られていたのと同じ色のポストイットを全部ゴミ箱に捨ててしまってから、秋山はひっそりと笑った。あとはもう追い詰めるだけだ。


END


柚祁さんへ
リクエストありがとうございました。


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