ほほえみトゥナイト






生きているとほんとうにいろんなことがある。そんなことを思いながら、秋山は自室でふうと溜息をついてみた。

生きているとほんとうにいろんなことがあるのだ。たとえば、年下で学歴的にも多少問題があり、性格的にも誤解を受けやすい人が、何がどうしてこうなってしまったのかわからないけれども、よくわからない実力的なもので理屈を捻じ曲げて秋山の上司になってしまったり、よくわからない理屈でいつも秋山に舌打ちをくれていたりとか、そういうことがある。

生きているとほんとうにいろんなことがある。秋山がよくよく舌打ちをする上司からあくまでも快くもらい受けてきた仕事をオフィスに泊まり込み、徹夜で仕上げ、ふうと一息ついたとき、これまた年下の同じ立場の同僚が、なんだかよくわからないけれどオフィス内で一人野球をしていて、その流れ弾がデータを保存していたUSBにぶち当たり、データどころかUSBを破壊してしまったりとか、しかしバックアップだから大丈夫、とPCを立ち上げてみたら、これまたボールが当たった衝撃でデータどころかPC自体が大破していたりとか、そういうことがある。

生きているとほんとうにいろんなことがある。秋山が結局二徹して仕事を仕上げ、オフィスで今度は一人ドッジボールをはじめたクソみたいな脳味噌をした同僚からの流れ弾をかいくぐり、上司にデータを提出し、その他もろもろの仕事をやっと終えて真夜中の自室に戻って一息ついたとき、突然ドアが乱暴にノックされ、開けてみたら、またまた年下の図体のでかい後輩がたいそう酔っぱらった様子で秋山になだれ込んできて、ついでに胃袋の中身をぶちまけたりとか、そういうことだ。

生きているとほんとうにいろいろなことがある。生きているとほんとうにいろいろなことがあるが、秋山が今まで生きてきてわかったことは、年下にはろくなやつがいないということだ。

どいつもこいつも秋山の神経を逆なでしてきていけない。普段温厚で通している秋山だが、そのじつ腹の中ではとにかくぐるぐると不平不満が渦巻いていた。どうしてこんなにも自己中と馬鹿と大馬鹿しかいないんだ、と秋山はとりあえず胃の中身が空っぽにしやがってから気絶した日高の頭を殴った。日高はうううと唸るばかりだが秋山もうううと唸った。

これ以上の最悪があってたまるかというほどの大惨事だったが、生憎弁財は今日夜勤である。この惨状を一人で解決しなければならない。秋山はとりあえず日高のやたらめったらでかくてべつにうらやましくなんかない図体の下から這い出て、ふらふらになりながらも部屋の掃除をした。幸い日高から排出されたものどもは床というよりは玄関的な比較的掃除のしやすい場所であったために、さほど労力はかからなかった。さほど労力はかからなかったのだがしかし、イライラという心にたまる老廃物は今年最高記録なのではないかというほどにたまった。

年下という言葉は聞けば聞くほどに免罪符であり、うざったく、最近の秋山の心身ともに健康を損なうワードだ。ちょっと遅く生まれてきただけの生物なのに、年上は年下に辛辣にあたってはいけないという社会のルールが存在してしまっている。そのくせ年下の野郎どもはちっとも先輩やら年上やらを尊敬しようとしない。なんなら「あんた年上のくせに俺の半分も仕事できないじゃないですか」とか、「年上とか年下とかそういうの関係ねーだろ!な、秋山!」だとか、「秋山さんってなんか年上に見えないんですよね。あ、いや、えっと態度とか仕事とかそういうのじゃなくて身長的に…」だとかのたまってくる。秋山は寝不足とこれまでに受けた「生きているといろんなことがある」では到底すまされないような理不尽な仕打ちとでついにその怒りを顕わにした。何が年下だ、何が高身長だ、何が、何が、と思いつく限りの罵詈雑言を頭の中で思い浮かべ、日高の頭を殴ったり蹴ったりした。しかし本気でやったりはしない。本気でやったら日高が死んでしまう。年下という生き物は息をしていると面倒ばかり起こすが、息をしなくなっても面倒ばかり起こすのだ。ぼかすかと気のすむ程度にやっていたら、日高が「ううう」と唸って、目を覚ました。目を覚ましてから「頭がガンガンする」とのたまった。それはそうだ。秋山が殴ったり蹴ったりしたのだから。けれど秋山は日高が起きだしたら「大丈夫か?ずいぶん飲んでいたみたいだったから…そのせいかもしれない」と言ってあげた。心の中あたりでは「ざまぁ」と思っている。

秋山の厚顔っぷりは弁財が「あいつは顔面に弾丸がめりこんでも多分ノーダメだろうな」と言うくらいである。年下という生き物に秋山はとても寛大である。そうでなければこのセプター4という年下が全てを総べている組織になんていられない。あの某宗像年下野郎様にもいい加減ジグソーパズルなんかしていないで仕事をしやがれと秋山は常々思っている。上司がああいう感じであると、部下が苦労するのである。そのために秋山は淡島とよくよく苦労をするわね、とそういう話をするのだが、そのときのお茶うけはおびただしい量の餡子だ。秋山は甘党であったがしかし、さすがに胸やけを禁じ得ない。彼女も年下である。

思えば上司はみんな年下だ。秋山よりも年上で尚且つよくよく職場で話をする人物と言えば加茂であるがしかし、加茂は大変前のめりな性格をしているために大抵後輩にイライラするとその長い脚で後輩をぶちのめす。情け容赦なく蹴っている。彼はきっと元ヤンだ。料理人は料理人だろうがきっと戦うタイプの料理人だ。そんなものだからだれも加茂にだけは楯突こうとしない。道明寺くらいである。蹴られても蹴られてもやらかすタイプの救いようのない年下野郎様は。

そんなどうしようもない年下野郎様としこたま呑んでいた、というよりは一方的に飲まされていたらしい日高は、秋山が殴ったり蹴ったりしたせいでガンガン痛むらしい頭を抱えて、「最悪」と言った。秋山は「それはこっちのセリフだこのくそ年下野郎様」と思いながら「大丈夫?」と首をかしげたつもりがうっかり「大丈夫?」と思いながら「それはこっちのセリフだこの年下くそ野郎様」と言い、首を傾げてしまった。今世紀最大のミスである。

「え?」
「え?」

日高が首を傾げたので、秋山もさらに首を傾げてしまった。首の角度が稼働限界に達している。

「秋山さん、今なんて言いました?」
「え、いや、別に?大丈夫かって…」
「ですよね、いや、俺酔ってるのかな」
「吐くほどだしね」
「え、俺吐きました?」
「吐いたよ。片づけたよ。服にまだついてるだろ」
「ほんとだ。うわ、これはひどい」
「意識ないときにやらかすのは危ないから気をつけなね」
「あ、はい」

秋山は日高の大馬鹿ぶりをここまで天に感謝したのははじめてだった。これが伏見やら道明寺やら淡島やら宗像やらだったなら取り返しのつかない事態になっていた。日高が馬鹿でよかった。ほんとうによかった。そう言って秋山がほっと胸をなでおろしたときに、日高が「あ、ていうかすみません、ほんと。なんかお詫びしますよ」と言ってきた。秋山は「じゃあさっさとハウスに帰って俺を寝かせてくれ」と思いながら、「いいよ、そんな」と返した。目の下にある濃い隈で察してほしかったのだが、日高は大馬鹿野郎様であるために「そんな、申し訳ないですって。なんかこう…しますよ…部屋のかたづけとか…雑用とか…」とのたまった。そしてそのあとにごにょごにょとなにか言ったらしいのだが、秋山はもうすでに寝不足による頭痛がひどく、それをうまく聞き取ることはかなわなかった。

「お前、まだ酔ってるだろ。お詫びは酔いがさめてからで全然いいし、その、ほら、俺今二徹してるから…」
「え、あ、すみません!寝てるところに押しかけて…」

秋山は「そのうえゲロまで吐いただろこの犬畜生めが」と思いながらもやはり「気にしなくていいよ。じゃあ、おやすみ」と笑って、日高を部屋から追い出そうとした。追い出そうとしたのだが日高はどうして「え、あ、じゃあ子守唄でも…」と馬鹿なことを言いだした。日高が大馬鹿野郎なのがいけないのだ。秋山はずいぶんがんばったのだ。がんばってがんばってがんばって我慢しつづけたのだ。しかし我慢というものには限界がある。限界のない我慢というものは我慢ではないのだ。そんな荒業が行えるのは聖人君子だけである。もちろん秋山は聖人君子ではないためにそんなことはできない。怒髪天をつく大爆発だ。

「うるせーよまじで俺眠いから寝かせろって言ってんのがわかんねーのかこの年下野郎様」
「えっ」
「年下だからってほんと年上に甘えていいと思ってんのか。そのうえ身長がどうのこうの前髪がうざいだのモサいだの身長がどうのこうのだのチビだのクソだのなんだのお前らが影で俺のことをぐちぐちぐちぐち言ってるのは知ってるんだ。こっちから言わせてもらえばな、オフィスで一人野球やったり一人ドッジボールやったりチッチチッチ時計かってくらい舌打ちしたり夜中に二徹した先輩の部屋に上がり込んできて物理的に腹の中ぶちまけてあまつさえお礼だなんだと俺の睡眠時間をゴリゴリ削ってったりするお前ら年下野郎様どものことを愚痴りたいわ!しね!!」
「ぎゃっ」

秋山が「しね」という言葉と一緒に日高のケツを蹴って部屋から追い出したために日高はたいそう情けない悲鳴をあげながらその部屋を転がり出なければならなかった。その晩の秋山の睡眠はというとこれ以上ないくらい快適なものであったという。人間腹に鬱憤がたまっていては眠れるものも眠れなくなる。これは日高効果だろうか、いや断じて違うと秋山は思ったがしかしちょっとだけ日高が好きになった。好きになったから、日高をわんわんではなくあんあん言わせてやりたいと思ったあたりはご愛嬌である。


END


日高受けアンソロに寄稿しようとして途中で挫折したボツネタ
もうちょいなんかいろいろやろうとして挫折したのでなんかやまなしおちなしいみなしになってます。
もったいないからちょいちょい修正してこっちにあげときます。

title by 深爪

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