chosen 1(ひぃさんへ)






黒子は本屋にきていた。最近部屋に積んである本はだいたい読んでしまっていたし、図書館の蔵書で自分の趣味に合致する本もだいたい読みつくしてしまっていた。それに図書館の本はわりと古い文学的作品はそろっているが、いまどきの作家の新刊についてはあまり手を出していない。学校の図書館なのだから仕方ないのかもしれない。だから、黒子は図書館も利用するが、本屋にもよく脚を運ぶ。そうして、好きな作家の本を一冊一冊手にとって、自分の財布と相談してみる。高校生のお小遣いでは、そう何冊も本を買うことはできない。限られた資金の中で、黒子は気に入った本を一冊だけ選ぶ。いつも一冊だけだ。ほんとうはもっとたくさんの本を手に取って、たくさん、読みたいのだけれど、バスケの練習もあるし、勉強だってそれなりにはしなければいけない。だから最後に選ぶのはいつも一冊だけだ。たった、一冊だけ。


黄瀬は服屋にきていた。いつも通っている服屋だ。ショッピングモールの中に入っているようなリーズナブルな、何枚もジャケットを買えるような服屋じゃない。Tシャツが一枚一万円するような、服屋だ。黄瀬だって、ただの高校生だ。高校生がそんな高価なブランドの服を何枚も買えるわけじゃない。普段は黄瀬だって大型ショッピングモールのありきたりなテナントから、自分の趣味に合った服、流行の服をばさばさと選ぶ。けれども、たまにこういう店にくる。全身ブランド物の服を着るのは大人になってからでいいけれど、高校生だって、一張羅というものがほしい。一枚だけでもそういう服を選んでいると、ぐっときまるのだ。だから、黄瀬は丁寧な作りで、肌触りのいい服の中から、雑誌の表紙を飾った月には一枚だけ、いつも選ぶ。たくさんの選ばれた服の中から、たった一枚だけ、それを選ぶ。


緑間はCDショップにきていた。お目当てははやりのポップスや、ロックや、洋楽ではなく、クラシックだ。レコードなんてお金のかかるものではなく、お手軽なCDをみつくろいにきたのだ。勉強するときや、集中したいときに緑間はクラシック音楽をきく。そうすると、その歴史の深さにもぐっていくように、意識の深層へ、深層へ、ともぐっていくことができるのだ。緑間は指揮者を慎重に選びつつ、なるだけ落ち着いた音楽を探した。そうすると、それはだんだんとしぼられてきて、最終的には6枚程度しか、適当なものがなかった。その中から緑間はさらに1枚だけ選んだ。自分が一番好きな曲が入っているアルバムだ。その全5曲の中から、きっと自分はさらに一番好きな曲を選んで、ループし続けるのだろうな、と思いながら。


紫原はケーキ屋にきていた。普段は駄菓子ばかりむさぼっているけれども、たまにはケーキも食べたい。秋田には東京よりもずっと少ない数のケーキ屋しかない。なんなら駄菓子屋も少ない。その中で、さらに学校帰りにこれる場所となったら、ほんとうに一件二件しかなかった。紫原はその一件のケーキ屋のショウウィンドウをじっと見つめて、明日のお菓子代のことも考えた。そうしたら、多分でもなく、一個しか買えないとわかった。駄菓子にすれば三つ四つ買える値段だ。けれども、紫原は今ケーキが食べたかった。だから、慎重に自分の気分と相談して、ひとつだけ、ありきたりなケーキを選んだ。何種類もあるケーキの中から、ひとつだけ、選んだ。指を指して。


青峰はスポーツ用品店にきていた。バスケ関連のスポーツ用品を重点的に取り扱っている店だ。青峰はわりとバッシュは多く持つようにしている。壊れたときにいつでも替えがきくようにだ。おろしたてでは固くて、思うように動けない。かといって、柔らかくなりすぎると怪我のもとになる。だから、何足か履きまわして、一番いい状態をなるだけ保つようにしているのだ。けれども、買ったはいいが、お気に入りが他にあって使わないバッシュというものもたしかにあった。青峰はバッシュを何足も持っているけれども、一番はやはりひとつだけなのだ。そんなことを思いながら、青峰はじっとバッシュのおいてある棚を見つめた。一番になるかもしれない、けれど、もしかしたら履くこともなくタンスの奥にしまわれてしまうかもしれない、バッシュを求めて。


赤司は将棋をさしていた。ただの趣味だ。詰将棋の本があったので、それを盤の上で実際に並べているところだった。詰将棋には正解がある。余詰もあるが、しかし正解とみなされているのはたったひとつだ。そして、そのたったひとつの正解にたどり着くために、一手一手、さらに正解のものを選んで駒を進めなければいけない。間違ったのなら、そこで終了だ。間違いは許されない。ひとつひとつ、正解を選ばなければいけない。そして、正解はたったひとつだけだ。ひとつだけ、選んでいく。そうして、赤司は最後の一手を指した。1524の「一手」を積み重ねたのちの、最後の一手を選んで、たったひとつの正解を、選んだ。


(選ばれし者)


END


ひぃさんへ。
リクエストありがとうございました。


chosen 1:NBAプレイヤー、レブロン・ジェイムスの背中に彫ってある刺青。意味は「選ばれし者」。

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