ぜんぶ素敵だぜんぶ魅力的だぜんぶほしい、だから嫌いだ(おいりさんへ)






黄瀬涼太は呪われている。


性格には、呪われていた。好きな人には絶対に振り向いてもらえない呪いだ。けれど、まぁ、暑い夏を「暑いね」と言いながら過ごす人にも、寒い冬を「寒いね」と言いながら過ごす人にも、苦労したことはなかった。だから一生呪われたまんまでも、まぁいいかな、なんて思っていたのに、その呪いは16歳でするっと解けてしまった。ほんとうに、溶けてしまったんじゃないかってくらい簡単に、青峰は黄瀬の方をみた。別に名前を呼んだら振り返ったとか、そういうオチのつく話じゃあない。青峰と黄瀬は、なにがどうしてそうなったのかは割愛するけれども、なんだかんだの紆余曲折を経て、付き合いはじめた。魔法にかかったみたいに、そうだった。

黄瀬は、ほんとうに最近まで呪いにかかっていた。だから、付き合った女の子とは簡単に手をつないだし、ファースト的なそれは置いておいて、すんなりキスできた。もちろん、付き合って一回目のキスはムードを大事にした。そういうことをしていないと、気持ちがなんだか萎えてしまいそうだったから。飽きてしまいそうだったから。そうして、なりゆきで抱きしめて、女の子ってやわらかいし、いいにおいがするなぁなんて思いながら、人間と人間が近づける限界の距離まで近づいて、最終的にはバイバイした。童貞を卒業したときは、さすがに緊張したけれども、たいした失敗もなく、ことを済ませた。好きだからそういうことをしていった、というよりは、そういう行為を通じてだんだんと、好ましさを恋のようなものにすり替えていったのだと、黄瀬は思い返してみる。そうして、ある程度まで気持ちが膨らんだら、それは急速に、どちらともなく、しぼんでいってしまうのだ。そうして最後はバイバイする。思い出がきらきらしたままになるように、気を付けながら、お別れをする。その繰り返しだ。

だから、黄瀬は、手をつなぐとこまでならまぁそんな緊張もしないし、すんなりできると思っていたのだ。けれども、どうして、いざ付き合おうとなったら、黄瀬は、もう青峰に指一本触れることはできなくなってしまった。一緒にいるだけで心臓が全力疾走して、息が苦しくなる。いつもあんなによく回る口が、どうやったって動いてくれなくなる。このままじゃきっと嫌われてしまうんじゃないかっていうくらい、そうだった。青峰の前にいると、隣にいると、後ろにいると、どうにもならなくなる。そこに誰かがいれば、大丈夫なのだ。なのに、二人っきりになると、どうしていいかわからないのだ。青峰の声がききたいし、話をしたいし、手をつなぎたいし、キスをしたいし、その先だって、そうしたいのに、そうしようとすると、とたんにどうしていいか、わからなくなる。手をつなぐだけの、なんにもわからない幼稚園児がしているような行為だって、今まで自分がどうしていたか、思い出せなくなるのだ。これはなんだろう、と黄瀬は思った。こんなの、知らない。

二人は付き合っているとはいえ、一般的な男女交際とはちがうかたちだったので、基本的に外を二人で出歩くというよりは、どちらかの部屋で時間を過ごすということのほうが多かった。はじめ青峰が「おい、俺の部屋こいよ」と言ったときは心臓が止まった。コイビトなんだから、そういうこともある、と黄瀬は何回も自分に言い聞かせなければいけなかった。何回も言い聞かせて、言い聞かせて言い聞かせて言い聞かせて、そうしてから青峰の部屋に行ったのだけれど、その日は結局、一緒にゲームをしておしまいだった。前とあんまりかわらない。けれども、ちょっと後ろから見た青峰のうなじや、背中や、耳のかたちがとんでもなく恰好よくて、黄瀬は青峰にどうにかされたいと思った。その、どうにか、というのを具体的に言うのはむつかしいのだけれども。

そうして、何回もお互いの部屋を行き来して、黄瀬がやっとそれに慣れてきたのは、付き合ってから二カ月たってからだった。それまで二人はお互いの部屋でゲームしたり、バスケの話をしたり、筋トレをしたりと色気のないことばかりやっていた。だから、黄瀬はちょっと油断していたのだ。

今日も、そういうなんでもない楽しい時間を過ごして、青峰を眺めて、それで終わりだと思っていた。その日は黄瀬が「この映画気になってたんすよねー」と、DVDを青峰の部屋に持ち込んでいた。映画はなんてことない邦画で、まぁありきたりな恋愛ものだった。特になにか意識したわけではない。二人で並んで、ベッドを背もたれがわりにして、DVDを見た。そうして、その邦画がクライマックスにさしかかったあたりで、黄瀬は掌に、なんだかあったかいような、かたいような、うごめくものを感じた。青峰の手だった。

「え、」
「嫌か」
「う、そんなわけ…」
「じゃあだまってろ」

そこから先、映画の内容なんて頭にはいってこなかった。ただただ、青峰と手をつないでいるという事実だけが頭の中を駆け巡る。恋人つなぎでもなんでもない、ただほとんど手を重ねているだけのようなものなのに、手が汗ばんできて、泣きそうだった。そうして、映画のエンドロールが流れ始めたときに、青峰が「やっぱなんか、すわりが悪いな」とそれを所謂恋人つなぎにした。お互いの指の隙間に自分の指をいれるタイプのつなぎ方だ。黄瀬は、「あれ」と思った。こんなのは、知らないと思った。だって、ただ手をつないでいるだけなのに、もう4クオーターまで終えたんじゃないかというくらい心臓がうるさくて、頭も痛くて、体がほてっていた。今までのキスや、ハグや、セックスや、そういうことが全部かすんで見えた。

「青峰っち」
「んだよ」
「俺死ぬかもしれない」
「死ぬなよこれくらいで」
「うん」
「なんなら俺こっから先もぜんぜんしたいんだけども」
「う、いや、その、心の準備ができてないっす」
「なんでだよ、お前ケーケンあんだろ」
「…な、ないっす…」
「うそつけばーか」
「ほ、ほんとに、ないんすよ…」

だって、ほんとうに、手の繋ぎ方さえ、さっきまでわからなかったのだ。ほんとうに、わからなかったのだ。これならまだ呪いにかかっていたほうがマシだった、と思った。こんなのは知らない。知らないままで、いたかった。


(ぜんぶ素敵だぜんぶ魅力的だぜんぶほしい、だから)


END


おいりさんへ。
リクエストありがとうございました。

title by 深爪

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