黄色信号、臆病者は急ブレーキをかける(優弥さんへ)





※帝光時代から高校時代をまたいでます





誰しもが青信号というものに遭遇すると、そのまま横断歩道を渡ってしまう。いやわたること自体はべつになんにも悪いことではない。黄瀬がなんとなく疑問に思っているのは、みんな、どうして青信号になった途端に、「進まなきゃいけない」という顔をして進んでしまうのかということだ。別に、そこは進めるだけで、進むことを許可されているだけで、「進まなきゃいけない」なんてことはないはずなのに。



「緑間っち、一緒に帰ろうっす」

ロッカールームに残っていたのは黄瀬と緑間だけだった。黒子や紫原は先にさっさと帰ってしまっていたし、赤司は職員室に行っていた。戻るのはずいぶんあとになるだろう。青峰はもとより練習に顔を出していなかった。なんだかみんながどんどんバラバラになっていく。そういう音が聞こえていた。みんな気付いているはずなのに、そんなのは知らないという顔をして、どんどん離れていっている。それが悪いとは、思わなかった。そうなるなら、そうなればいい。けれども黄瀬は、なんとなく、緑間とだけは最後になにか、残しておきたかった。ただの感傷だ。

緑間は別段嫌そうな顔もしなければ、嬉しそうな顔もしなかった。ただ、「そうだな」と言った。今日の相性は可もなく不可もなくというところだったのだろう。それか、緑間も何か、思うところがあったのかもしれない。誰もいなくなったロッカールームの照明だけ落として、そこを出た。ガラガラと後戻りできない音がした。

二人は並んで歩いてみたけれど、なんにも話題が見つかりそうになかった。最近、特にそうだ。どんどん話題が減っていっている。特にバスケの話はしなくなった。とにかくかみ合わなくなった。そしたら、ごっそりと話題が減ってしまった。黄瀬が興味を持っているのはカラオケとか、ファッションとか、そういうものだったけれど、緑間の興味はクラシックだとか、将棋だとか、そういうところにあった。かすりもしない。みんなそうだ。てんでバラバラだった。こうなってみてはじめて、全員が全員、バスケというたったひとつのものでつながっていたんだなぁということを、実感した。黄瀬が何を話そうかと考えているうちに、二人は交差点に差し掛かった。ここの向こう側が二人の岐路だ。黄瀬は右で、緑間は左に行かなくてはいけない。

「緑間っち」
「なんだ」
「信号、赤っすね」
「そうだな」
「そういえば、信号って、青っていうけども、ほんとは緑っすね」
「そうだな」
「あ、青になった」

じゃあ、また、と黄瀬はそう言って別れたけれども、また一緒に帰れる確証はないなぁとも、思った。緑間も、「ああ」としか答えなかった。それが、中学時代に緑間と黄瀬が最後に二人で帰ったときの記憶だ。



黄瀬は緑間と並んで歩きながら、そんなこともあったなぁと、思い出していた。二人はもう高校生になった。高校になって、たまたま東京の街中で顔を合わせた。インターハイが終わった頃だ。二人とも、お互いちょっと疲れた顔をしているな、と思った。けれども、話したいことはそれなりにあるな、とも思った。だから、帰り道、途中まで一緒に歩いてみた。そうしたら、びっくりするくらい、話題があった。高校の部活がどうだとか、バスケのプレイがどうだとか、先輩がどうのとか、そういう、くだらないものだ。くだらないけれど、それがあふれて、あふれて、とまらなくなった。緑間の反応はやはりぶっきらぼうなものだったけれども、黄瀬が三つ話題をふったら、そのあとにひとつくらいは、返してくれるようになった。やっぱり、どうしたって、つながっているのはバスケなのだなぁと、思った。そうしたらちょっとだけ、さびしくなった。バスケじゃないところでつながることができないのだと、見せつけられたような気がして。

「あ、赤だ」

駅前のスクランブル交差点に差し掛かったところで、信号がちょうど赤になってしまった。

「あ、俺、この交差点右っすね」
「俺は左なのだよ」
「じゃあここでお別れっすか」
「そうなるだろうな」

目の前を通り過ぎる車を眺めながら、2人はなんとなく、だまってしまった。だまってしまったけれども、どちらもが、あの中学時代、最後に二人で帰った日のことを思い出しているのだろうな、とは、思っていた。目の前を車が、何台も通り過ぎる。滞りなく、青信号に従って。

「俺、前々からすごい、なんか、引っかかってたことあるんすよ」
「そうか」
「うん、青信号って、なんだろうって」
「なんだそれは」
「いや、青信号見ると、大抵の人がさっさと進んじゃうじゃないっすか」
「そうだな」
「でも青信号って、別に進んでいいってだけで、進まなきゃいけないわけじゃないじゃないっすか」
「まぁ、そうだが」
「なんでみんな、これがただしいって顔で、進んじゃうんだろうなぁって」
「その先に目的地があるからだろう」
「まぁ、そうなんすけど」

黄瀬が、「でも、じゃあ、このままずっとここにいることも、できるんじゃないっすか」というセリフを言う前に、信号は青に変わった。そうして、人は動きだす。立ち止まっている二人を迷惑そうな目で見ながら、濁流のようになって、それぞれがそれぞれの目的地に向かって、歩き始めた。

「黄瀬」
「んー」
「いくら緑に見えようと、青信号は、青なのだよ」
「…それって」
「行くぞ。邪魔になる」
「ん、あ、えっと…」

黄瀬は「じゃあ、また」というありきたりな言葉ではなくて、もっとなにか違う言葉を探してみたのだけれど、どうにもうまくいかなくて、そうしているうちに、緑間が「じゃあ、また」と言った。黄瀬は「あ、うん、また」と答えることしかできなかった。どんなに周りが青だって言ってたって、それは、ほんとうは、緑なんだってことを、どうしたってうまく伝えられそうにはなかったもので。


END


優弥さんへ。
リクエストありがとうございました。

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