冷蔵庫のなかの東京心中





※高校卒業後、二人とも一人暮らし設定









冷蔵庫の中になんにも入っていないと、なんだか不安な気持ちになるものだ。それはただぶうんという音を出すだけの機械になる。黄瀬の部屋に置かれている冷蔵庫は、一人暮らしにしたら大きな部類だったけれど、なんにも入っていなかった。なんにも入っていない冷蔵庫を、黄瀬は確認のために何度も開け閉めして、なんどもそれを確認する。入れなければなんにも入っていないままだけれども、どうしてか、何も入れないまま、ただ、忘れたふりをして、冷蔵庫を開けてみるのだ。もちろん、なんにも入っていない。


青峰の部屋の冷蔵庫は、たいていなにかしらが入っていた。それもぎゅうぎゅうに。それは基本的に温めればすぐに食べられるものだったり、冷蔵庫の中に入れる必要があるのかないのかわからないものだったり、もう食べられなくなってしまったものだったけれど。とにかく、いっぱいだなぁと、黄瀬は思った。黄瀬が青峰の家の冷蔵庫を開けても、青峰はべつになんにも言わない。ただ、「なにみてんだよ」という顔にはなる。考えてみたら、冷蔵庫の中というものは部屋の中でもかなりプライベートな部分だった。誰しもがだいたい、どうしてかわからないけれど、他人の家の冷蔵庫を開けてはいけない、開けるなら一言断るべきだ、というマナーを刷り込まれている。それはきっと、冷蔵庫の中身っていうものは、その人の腹の中身とそう変わらないからに違いない。黄瀬はごちゃごちゃといっぱいつまって、そして、一部がどろどろに腐敗している青峰の冷蔵庫を、パタンと閉じた。


「青峰っち」
「なんだよ」
「俺、今月の雑誌、表紙三冊あるんすよ」
「そうかよ」
「CMにも出るんすよ」
「そうかよ」
「うん、今、ドラマの話もきてるんす」
「あっそ」
「…うれしくない?」

黄瀬がソファーでごろごろしながら雑誌を読んでいる青峰の足にすり寄って、そんなことをぽつりとつぶやくと、青峰は不機嫌そうに、グラビアから目を離した。そうして、じっと、黄瀬の顔をみつめた。青峰がソファに座って、黄瀬がラグに座っているので、黄瀬は青峰を見上げるかたちになる。その目は、まるで冷蔵庫みたいだった。なんだかひんやりと冷たいのだ。

「だってそれは、俺のことじゃないだろ。なんで俺がお前のことで喜ぶんだ」
「え、だってふつう、友達が成功してたら、祝うもんっていうか、いや、ほめてほしいっていうか」
「お前、なに、俺にほめてほしかったわけ?」
「そうっすけど…」
「ほんとかよ。だって、お前、ぜんぜんうれしそうじゃねーし。お前がうれしくないもんほめたって、どうしようもねーだろ。うれしくねー成功なんて、そんなんあるかよ」

黄瀬は「あ」と思った。青峰はどうしてこう、鋭いのだろうと思った。黄瀬はたるんと青峰のたくましい脚にもたれかかって、「うん、ごめん」と言った。そうしたら青峰が黄瀬の頭をなでたので、泣きたくなった。なんにもないと思った。なんにも、ない。なんにもいらない。

「青峰っち」
「んー?」
「俺、なんもいらない」
「おう、そうか」
「うん…。うん」
「どうしたよ。眠いのか」
「…部屋に帰りたくない」
「なんでまた」
「あそこは居心地わるい」
「いや俺の部屋よりずっといい部屋じゃねぇか。ここ最悪だぞ。一階だから車とかうるせぇし、水は氷るし、ブレーカーはすぐ落ちる」
「だって、俺の部屋なんもないんすもん」
「あー…」
「なんもない…」
「お前なぁ、そりゃあ、お前がなんもほしくないなら、なんもないのは当たり前だろーがよ」
「…うん」
「今日泊まってくか?」
「うん」
「壁、薄いけども」
「うん」
「なんもないけどな、ここも」

そんなことないのに、と言おうとしたけれども、青峰の顔はそういうセリフを受け付けてくれそうになかったので、黄瀬は「うん」とだけ言った。そういう、なんにもないとこに泊まろうとすることと、なんにもない部屋に帰りたくないということは、ほとんどイコールで結ばれていた。けれども、2人はそれをあえて確かめるようなことはしない。ずっと、なんでもないことのように、一緒にいる。青峰の家の冷蔵庫が、きゅうにぶうんと音をたてた。空腹に似た音だ。泣いているような笑い声がした。


END


小羽さんへ
リクエストありがとうございました。

title by 深爪

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