妖怪アイヲホシガルマン






「子供もすなる塗り絵といふものを、大人もしてみむとてするなり」というなんだかどこかで聞いたようなキャッチフレーズを思いながら、楠原は108色もある色鉛筆を駆使して、「大人の塗り絵」をしていた。もとは五島が所有していたものなのだが、当の五島が「飽きたからあげる」と楠原に投げてきた。楠原は単純に面白そうだなぁと思ったので、ちまちまと飽きもせず、やたら細かいアルフォンス・ミュシャの作品の模倣らしい線画を染めていた。その横では日高がもそもそと揃っていない色鉛筆をちょうどグラデーションになるように並べ直している。日高も暇らしい。

「なーんか目ぇちかちかすんなぁ、これ」
「そう思うなら別に他のことしれてばいいじゃないですか。僕はわりと楽しんでやってるんですけども」
「う、いや別にかまってほしいとかいちゃいちゃしたいとかベッドに行こうとかそんなふしだらなことは思ってないって」

ちらちらと視線を向けてくる日高に楠原はふうっと冷たい溜息を吐いた。これだから日高は。頭の中は年中春なのだ、きっと。

「はぁ、そうですか。じゃあベージュとってください」
「ベージュ?」
「肌色です、はだいろ」
「んーあー肌色っつってもいっぱいあるけども」
「48番」
「あ、はい」

しゅんしゅんと日高はどんどん元気をなくしていくのだがしかし、日高の元気なんてものは某アンパンマンよりも簡単に回復するので、楠原はかまわずベージュの色鉛筆を受け取ると繊細な女性の指先を塗り始めた。大人の塗り絵というのは一応のお手本がある。各色の番号もきっちり指定してあって、その通りにちまちまやっていればうまいことうまい絵が完成するという算段だ。自由度は低いが完成度は高くなるというまさに社会の歯車になった大人にはうってつけのものが、大人の塗り絵だった。

「そういやさぁ」
「しょうもないことだったらはっ倒しますよ」
「えっ」
「しょうもないことだったんですか」
「いや、まぁ、なんか、肌色っておかしなネーミングだなぁって」
「はぁ、なんでです」
「だって、ほら、肌の色って、いろいろあるじゃんかよ。俺とタケだって微妙に違うんだし」

ほら、と日高はわかりやすいように紙をおさえている楠原の手に自分の手を重ねてみせた。楠原のほうが赤味の強い白色よりの色で、日高のはよく日に焼けた、黄味の強い色をしていた。楠原はそんなことをして、ほんとうは僕の手を握りたかっただけでしょうと思わなくはないのだが、しかしまぁ目も疲れてきたところだったので、ちょっと手をとめた。

「そうですね。もっと極端に言えば、黄色人種と白色人種とネイティブアメリカンではかなり違いますね」
「お、ネイティブアメリカン世代!」
「ああもう、癖で使っちゃうんです。ほら、一時期そういう風潮あったじゃないですか。差別がどうのとか。それでちょうど僕とかのとこはそう言わないといけないみたいに…」
「うん、俺んとこはそうでもなかったけど」
「ジェネレーションギャップってやつですね」
「そんな変わんないじゃんよ」
「わりとかわるもんですよ。だって、日高さん、肌色って使うじゃないですか」
「え、うそ、お前言わねーの」
「言わないですよ。多分、僕より下の世代だと、クレヨンにもクーピーにも肌色なんて色ないです」
「え、ひとの肌塗れないじゃん」
「だからベージュに統一されたんですって」
「はーそうなんだ。ジェネレーションギャップだな」
「そんな変わらないですけど」
「あれっどっかで聞いたなこの会話」

日高はそれはさておき、としげしげと大人の塗り絵というものを眺めた。非常に緻密で、なるほどこれは子供にはできそうにない、と。線画も美術の教科書に載っている絵画が中心で、どこか懐かしい気分になる。

「なんかさー」
「はい」
「大人の塗り絵って、こう、字面がエロいな」
「そうですか。字面的には多分大人のきのこの山とか大人のたけのこの里とかの方がこう、悪意を感じる字面ですが」
「やめてっ天使は下ネタなんて言わないっ」
「先に振ってきたのは日高さんじゃないですか」
「俺の妄想の中のタケは『やだもう日高さん、やめてくださいっ』って恥ずかしがる予定だったの!」
「やだもうひだかさんやめてくださいよー」
「せめて区切ろう?」
「やだ もう ひだかさん やめてくださいよ」
「なんかRPG風になったな」
「そういうメタ発言よくないと思います」
「どっちがだよ」

日高はそろそろ片手間でなく本格的にかまってほしくなったのか、肌色、もといベージュの色鉛筆をぐりぐりしながら、「俺はそろそろひと肌が恋しいんだけども」と言った。楠原は「肌色じゃないですか、それも」と言った。

「だってこれ冷たいし」
「その色鉛筆を日高さんが昨晩したような要領でこすってるとあったかくなりますよ、いずれ」
「いや俺的にはタケのタケル的な鉛筆をだな」
「セクハラで訴えますよ」
「じゃあなんだ、もっと重大な犯罪を犯してしまうことにしよう、どうせ逮捕されるなら」

日高はふくふくとくすぐったそうに笑いながら、楠原の首の付け根あたりに鼻をうずめてすーはーすーはーした。楠原もつられてふくふくと笑ってしまう。ああもうこの人はしょうがない人だなぁと思いながら、とりあえず楠原は48番の尖った色鉛筆を日高の背中にぶすっと刺してやった。きっとこのあと日高は「ぎゃっいたいっしぬっ」と叫ぶだろうから、その唇をふくふくと笑いながらふさいでやらねばなるまい。ふくふくと。


END


大人の塗り絵(意味深)

title by 深爪

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