ぼくら主演サイレント映画(蕨さんへ)






人がほんとうのことを話したがるのは夜だ。朝は眠気に負けて自分を偽れないがしかし、言葉なんてものよりもあくびが先に出てくる。うとうとと心地の良い眠気に包まれながら、もしくは冴える頭に悩まされながら、人がほんとうのこと、どこかで理解してもらいたい、もしくは誰にも理解されたくないことを語るのは、夜だ。酒なんていれなくても、夜から染み出す不思議なさびしさに、ひとは誰かを求める。そういうふうにできている。

日高は怒っていた。五島はそれが理解できなかった。五島は今日、ちょっとだけ投げやりな戦闘をした。けれど、それはただ五島のみがわかっていることで、淡島に注意されるほどのことでもなかったし、宗像に意味深な笑みを向けられるほどのことでもなかった。ただ、ちょっとだけ、この戦闘で怪我でもして有給とれないかな、と思っただけだった。実際怪我なんてしなかったし、規律を乱すような馬鹿な投げ方もしなかった。それなのに日高は怒っている。そういうときが、誰にだってあるだろう、と五島は思っていた。だからむっつりと黙ったままの日高に背を向けて、本を読んでいた。先の見えないミステリーだ。けれどなかなかに頭に入ってこない。この作者の書き方が小難しいせいかもしれない。気づいたら謎はとけていたが、五島にはどこに謎があったのかもわからなかった。もう一度読まなければきっと面白くないだろうなぁと思いながら、五島はその本を閉じた。

「面白かった?」

日高が取り繕うような話題を振ってきたので、五島は「んー…よくわかんなかったからもう一回あとで読む」と答えた。ミステリー小説を二回読んでもつまらないだけだから、きっと次はないのだろうけれど。

「次って、あんのかよ」
「ないかも。ミステリだし」
「そっか」
「うん」
「ごめん」
「べつに」

五島は、きっとでもなく正しいのは日高だと、わかっていた。けれど、ただしいからってそれに従う義理はないということも、わかっていた。だから日高はあやまった。そうして、自分の方が大人だから、と自分に言い聞かせている日高の背中は、どこか子供じみていた。うまく大人になってしまった人の背中だ。そんなんじゃないだろう、と五島はつくづく日高に言ってやりたかったがしかし、くやしかった。だから「僕は日高みたいな大人にはなりたくない」と思った。小さくつぶやいたかもしれない。そうしたら日高が「うん」と言った。こんな情けない大人になる必要なんて、どこにもないよ、と。言葉にはしない。けれど、どちらもがほんとうのことをひた隠しにしている。ほんとうのことを話したがらない。だからこの部屋には夜がこない。眠れない夜に支配されることもない。ずっと朝だ。眠ることもできない、朝が満ちている。


END

蕨さんへ。
リクエストありがとうございました!

title by 深爪

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