だってセックスがしたいっていった、それはいわゆるあいじゃないってこと、きみは教えてくれなかった(ほのはさんへ)






だってセックスがしたいっていった、それはいわゆるあいじゃないってこと、きみは教えてくれなかった



世の中には便利なものがたくさんある。もしかしたら不便なものを探すほうがむつかしいかもしれない。いやしかし不便なものはたくさんあるよ、と日高は言う。五島は意地悪く、「旧石器時代から多少なりとも便利になってないものって、ある?」と聞いた。日高は「それっていつの時代のはなしよ」と首を傾げた。五島は「旧石器時代だよ」と言った。日高は「俺日本史専攻だったから」と答えた。旧石器時代というのは日本史ではないのか、五島はタンマツのまぶしい画面を前にしてくすくすと笑った。

一連の会話はインターネット状のどこかで、タンマツを経由して行われていた。日高は今寮の自室ではなく、どこかにいる。俗に言うSNSだ。ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略だ。簡単な一言日記と、二人、もしくはグループでチャットができるという機能のサービスを利用して、二人は会話していた。日高の居場所も都内のカラオケ店ということがわかっているし、高校だか地元だかどこかのセプター4ではない友人と遊んでいるということも、それに日高が少なからず退屈しているということもわかった。同窓会というものは案外そういうものだ。ノリきれなければ、退屈でしょうがない。そこにたどり着くまでにかかった時間の100倍くらいゆっくりと時間が流れていく。カラオケなんてしかも何十人で詰めかけてしまえば自分は一曲か二曲歌うか歌わないかだ。ただぼんやりと他人のジャンルも合わない音楽を聴いているのはなかなかに暇だろう。

日高が「帰りたい」とぽつりとSNSに投稿した。全員が見ているところにだ。日高は普段こんなことを言わない好青年なのに、ちょっとしたほんとのところがぽろりとそこに現れてしまっている。顔が見えないものだから、警戒心が薄れているのかもしれなかった。五島が「じゃあ帰れば」と書き込む前に、布施が「適当に用ができたって言って抜ければ」と書き込んだ。すこしむっとした。五島はかちかちと端末を操作して、日高だけに見えるメッセージで、「じゃあ帰っちゃえば」と言った。日高は布施に返信するよりはやく、五島だけに「なんか女の子が引き止める。悪い気分じゃないかも」と言ってきた。明らかな自慢だ。これはきっと酒が入っている。そういえば一次会は居酒屋で、二次会がカラオケだとかなんとか言っていたような気がしなくもない。五島はちょっと考えてから「スケベ。かえってこなくていい。その子とホテルにでも抜ければ」とメッセージを送信した。日高は相当暇なのか、すぐに「タイプじゃないし、かわいくない」と返してきた。これはクソ野郎様だ。女の敵だ、と五島は思った。それは日高のメッセージのはずなのに、どうしてか日高がそういうセリフを肉声で言っているところは想像できなかった。酒がはいっていても、きっとそんなことは言わない。機械を介在させるだけで人はこんなにも自分の心のうちに素直になれるのか、と五島は不思議な気持ちになった。ほんとうは、自分をずっと繕いやすくなるツールのはずなのに。

五島は日高の返信に、まず「サイテー」と返そうとしてから、それを全部消して、「はやくかえってきたら、セックスしよう」と送った。布施の投稿に、日高が今頃「そうすっかなー」とありきたりな返事を書き込んでいたあたりだった。この全体の会話はほかにも榎本と道明寺が見ているがしかし、榎本は「やばい、PC固まった」とつぶやき、道明寺は「加茂がまだ帰ってこないかもーかもー」とつぶやいている。なんだか自由な空間だな、と思った。タンマツがヴァイブレーションで着信を五島に知らせる。メールだった。もちろん日高からで、「ほんと?」とだけ書いてある。五島は「ほんと」とだけ返した。日高はほんとにうんこ野郎だったらしい。五島はくすくすと笑って、日高の帰りを待ってみた。きっと日高はさっさと帰ってくる。そうして、日高がほの暗い期待を顔に塗りたくって帰ってきたとき、五島が部屋の中で日高を抱きしめて、「嘘」とささやいたら、どんな顔するんだろうな、なんてことを考えた。SNSにまた日高の投稿があった。

「いま、抜けた。帰る」


END

ほのはさんへ
企画参加ありがとうございました!

title(だってセックスがしたいっていった、それはいわゆるあいじゃないってこと、きみは教えてくれなかった) by 深爪

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