きっとどこにもどこへも帰れない(花誘さん)
中学の時の話だ。緑間はいつも赤司を思い出すときは中学のときのまだ少しだけ自信というものを持ちえていないような、ほんのわずか完璧さに欠けたような赤司を思い出す。高校に入ってからはほとんど連絡を取り合っていないものだから仕方がないのかもしれない。場所もずっと離れてしまった。京都と東京はすこしばかり遠い。
いつだったか中学で、西日の翳る部室に赤司がいた。ただぼんやりと外を眺めていた。緑間が「お前でもぼんやりすることがあるのだな」と声をかけると、赤司は「ああ、そうだよ」と答えた。一分一秒をストイックに生きている人間にそんなのは必要ないように思えた。この瞬間に立ち会えたのはちょっとした奇跡かなにかかもしれない。緑間は眼鏡のブリッジを直した。
赤司は柄にもなく「なんだか今日は少し疲れたのかもしれない」と言った。緑間は「そうか?今日はいつも通りのメニューだったが」と答える。赤司は「そういうのでは、ないんだよ」と言った。だから緑間は「ああ」と思った。きっと西日が少しずつ翳るように、日差しを冷たくするように、赤司のどこかになにかが降り積もっているのかもしれない。それはとてもこわいことだ。体を動かさずに疲れることは、たいへんなことだ。
「緑間」
「なんだ」
「俺には未来が見える」
「そうだな」
「お前はきっといろんなものがあるんだろうね」
「そうなのか」
「だって、いろんなものがほしいだろう」
「まぁそうだな」
緑間はとりあえず欲しいようなものを思い描いて、頷いてみせた。赤司にはちょっとした未来が見えるけれどこういった占いのようなものではないはずだ。その日の赤司はちょっとおかしかった。らしくない。ほんとうに疲れているらしかった。そうして赤司は「僕はなんにもほしくない」と溜息をついた。
「なんにもほしくないんだ」
「赤司?」
「なんにも、ほしくない」
「あるだろう、ひとつくらい」
「だってそれはきっと手に入ってしまうよ」
「どういうことだ」
「望んだ先から手に入ってしまったら、それはなんにもほしくないのと一緒だと、そう思わないかい?」
ああそうだなぁ、それはそのとおりかもしれない、とそのときの緑間は納得してしまった。そうして、高校にあがって、散り散りになってから、なんとなく、赤司の言っていたことがわかってきた。わかってきて、そうか、とも思った。赤司はとても寂しい顔をしていた。
「真太郎」
「なんだ」
「久しぶりなのにご挨拶だね」
久々に会った赤司はとても様変わりしていた。雰囲気が変わっている。この赤司とはあまり中学の思い出語りはしたくないなぁと緑間は思った。それてなんだか昔よりずっとさびしいおももちになった。凛としたかんばせが濡れているように見える。けれど赤司はそれに気が付いていないようだった。だから昔よりずっと、さびしい。
「そう、真太郎、僕は…」
「…赤司」
「なんだい」
「中学のときのことを、俺は思い出していた」
「そう、懐かしいね」
「お前は望んだ先から手に入ってしまったら、それはなんにもほしくないのと一緒だと、そう思わないかいと俺に言った」
「そうだね、覚えているよ」
「そうか、覚えているなら、それでいい」
「そう」
赤司は、懐かしいものを思い出しているふうの顔もせずに、緑間の手をとってみせた。そうして、こわいくらいきれいに笑ってみせる。
「真太郎、僕はね、君がほしい」
「ああ」
「ほしいんだ」
「そうか」
あげないよ、と緑間は言った。たったひとつの約束を果たしたような気分になって、つらかった。
END
花誘さんへ
企画参加ありがとうございました。
title by ダボスへ