route munakata 9






翌日も伏見はふつうに出勤したのだが、退院してすぐに動きすぎたのかすこし体がだるかった。いつものように朝食はとらずに部屋を出たのだがしかしそれが響いて、昼休み前に貧血で具合が悪くなってしまう。男のときはそれなりに無理がきいたのだがどうにもこの体になってからそういう過信のために医務室に運ばれることが多い。しかしここで倒れてはそろそろ病弱のレッテルを貼られてしまうとデスクにかじりつき、とりあえず冷めたコーヒーを引き寄せて味もわからないのにそれをすすった。

昼食をしっかりとってしまえば体調の方はどうにか落ち着き、明日からはさすがにしばらく朝食をとろうという気分にもなった。胃の痛みは増したような気がするがそんなのは誤差の範囲だ。なんだか平和だ。今日も昨日もストレインがらみの事件は起こっていなかったし、休み分の業務を終わらせてしまえばただただ穏やかだった。伏見は病み上がりということで訓練も休むことができたし、午後はとくにすることもなく椅子に座ってぼんやりとしていた。こんなにぼんやりするのはいつぶりだろうと思ったのだがしかし、たったおとといぶりだった。なんだかやっと日常に戻ってきたような気がする。いやしかし本当の日常というにはあんまりにも遠いものだった。伏見は訓練で特務隊の面々が席をはずしているのを見てから、大きなため息をついた。

不安のようなものはいつだってぐるぐると渦巻いている。このまま戻れなかったら、このまま情けなく生きることになったら、と。ずっとずっと不安だった。今も不安は隣にいて伏見に話しかけてくる。ぼんやりとしているとその吐息がずっと近くに聞こえてしまう。だから最近の伏見はやたら忙しくしていた。ほかのことを考えていられるように、そのことを少しでも忘れてしまえるように。しかし入院だとか、体調不良だとかがかさなって、ここのところ思いがけず時間があった。だから、ちょっとばかり泣きたかった。もちろん本当に泣くわけではない。伏見は誰かに弱音を吐くような人間ではないし、そんなことをするくらいだったら自分で舌をかみちぎって死んだほうがずっとました。しかしだからこそなんだかそういうものがぐるぐると腹の中を駆けずり回って、不快だった。胃も痛い。とにかく吐き出せるもの全部どこかに吐き出してしまいたいなあと思ったところで、ごぼりとのどが鳴った。

「…う、え、…?」

伏見はのどからせり上がり、おさえようとした手のひらをべっとりと汚したものを見て目を見開いた。それは昼ごろに食べたものだとかさっき飲んだお茶だとかそういうものではなく、真っ赤な血液だった。伏見が困惑しているうちにもまたごぼりとそれがせりあがり、わんわんとめまいがした。伏見はがたんと派手な音をたてて椅子を倒し、机に手をついて立ち上がった。しかしすぐに脚がくだけ、床に倒れこんでしまう。何が起こっているかわからなかった。伏見がかすむ意識の中でわかったのはばたばたと訓練を終えたらしい隊員たちの足音とだけだった。どうして、今日はなんだか平和な日だと思った。


END

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