きっとまた恋に落ちる






楠原剛は吸血鬼だ。もう随分長いこと吸血鬼をしている。長いこと吸血鬼をしているくせに、人間から直接血液をいただいたことはなかった。楠原は高層マンションの五階に住んでいて、そのマンションでは定期的に輸血パックの形式で血液が届けられる。週に一度程度だが、楠原は燃費がいい方なので全く問題はなかった。今朝もそれがきちんと届けられていて、楠原はいつものようにぷすりと付属のストローをさして、それを飲んだ。

「ん?え、あれ、」

血液の味というのはとくに美味しいわけでも、不味いわけでもなかった。ただどろっとしていて、一口飲んでしまうと二口目が欲しくなるだけだったのだけれど、今朝のそれはなんだか違う味がした。甘くて酸っぱくてなんだか頭がぼうっとなるような感覚がして、楠原は酔っ払ったようになり、半分まで飲んだところで、ソファにぱたんと倒れてしまったのだ。ふわふわとした心地よさが足元から這い上がってくる。熱に浮かされたようになり、楠原は心なしかいつもよりも熱いため息をついた。なんだろう、これは。血液になにか余計なものが混ぜられていたのかもしれないと思い、ラベルをみると、そこには別段そういった表示はなく、ただ、「405号室 日高暁」と書いてあった。楠原の部屋は406号室だ。隣の部屋の住人がどうやらこの血液の提供者らしい。ここで配られる血液には全部ラベルに提供者の名前と部屋の番号が書いてある。個人情報の塊だが、人間が食べ物の産地を気にするように、吸血鬼だって血液の産地が気になるのだ。

楠原はぼうっと熱に浮かされたまま、少しよれた部屋着なのも気にせず、とにかく部屋を出て、隣の部屋のインターホンを押した。そうしてほとんどドアによりかかるようにして待っていると、少ししてからドアが開いた。

「どなたで・・・えっわっえっは!?」

その部屋の住人がドアを開けると、扉に寄りかかっていた楠原がドアに押されてどさりとそこに倒れてしまった。楠原はどうにか立ち上がろうとするのだが、身体に力が入らず、「あ・・・日高、さ・・・?」とその部屋の住人を視界に捉えようとする。焦った様子の日高は、「え、大丈夫かおまえ!?」と楠原を抱き起こし、とりあえず休めるところへ、とかなり散らかった自分の部屋へ楠原を引っ張っていき、とりあえず先ほどまで日高が寝ていたのでぽっかりと綺麗にスペースの空いているベッドに寝かせてやった。

「えっと、水!?救急車!?え、でもあんた吸血鬼・・・?え?吸血鬼って倒れるのか!?」
「あ、あの・・・すみませ・・・ちょっとだけ、横、に・・・」

楠原はぐらぐらと揺れる視界の中で、しかし、日高の首筋をしっかりと捉えた。日高は突然の出来事に困惑しつつも、部屋が汚くて申し訳ないだとか、なんか臭かったらごめんだとか、そういうとんちんかんなことを言っている。楠原はそんなことはどうでもいいからとにかく血が欲しい、と思った。こんな感覚は生まれてはじめてだった。はじめて、飢えるということを、知った。喉がからからに乾いていて、身体に力がはいらなくて、胃袋がぺしゃんこになって、もうなんにも入っていないような、そんな感覚。

「日高、さん・・・?」
「え、あ、俺?え、そういやなんで名前」
「血、ください」
「え」
「ください」

楠原は日高の腕を引き、持ち前の剛力で身体の位置をすり替えた。日高は楠原よりずっと身長が高く、体格もよかった。だから、油断していたのだ。楠原も、さっきまで力がはいらなくてどうしようもなかった身体のどこにこれだけの力が眠っていたのだろうと、思った。けれど、そんなことはどうでもよかった。日高は黒のブイネックのシャツを着ていたので、首元は空気に晒されていた。楠原はそこに鼻を押し付けて、するすると匂いをかいだ。

「なんか、いい匂い、します」
「え、あ、あの、俺風呂入ってな・・・じゃなくて!え、あの!俺まだ死にたくない!!死にたくないんで!痛いのは好き・・・じゃない!痛いのは我慢するんでどうかほんと死なない程度でお願いします!あと俺吸われるの初めてなんで優しくしてください!!」
「・・・いい匂い」

日高は「だから俺風呂入ってねーんだって!!やめて!!」と見当外れなことを叫びつつ、楠原を押し返そうと試みている。しかし楠原の細い身体はびくともしない。これだから吸血鬼は!と日高は絶叫し、首筋に生暖かいものを感じて、ひくりと喉を鳴らした。楠原は確かめるように日高の首筋を舌でなぞり、「こういうときっていただきますって言うべきなのかなぁ」と変なことを考えながら、ゆっくりと牙を埋めた。

「っ・・・う、あ・・・変な、かんじ・・・」
「あ、すみませ・・・あの、僕ひとから吸うの、はじめてで・・・」
「え、は?・・・あっあ、やば、なんだ、これ」

日高は背筋から駆け上ってくる言いようのない感覚にぶるりと身体を震わせた。楠原は牙を刺す位置が悪かったのか、じくじくとしか染み出てこない血液を、丁寧に舌ですくい、少しずつ、すこしずつ、飲み下した。そうすると、少しずつ少しずつ楠原は正気にもどっていって、ぐらぐらとしていた頭がすっきりとしてくる。日高のなんだか獣臭いような肌に頬を寄せ、犬のような毛質の髪の毛に指を通す。気持ちよかった。楠原は頭がおかしくなりそうなくらい、気持ちよかった。

「う、あ・・・あ、やべ、いや、これ、やばいっ・・・!あ、あ、も・・・やば・・・」
「え・・・あ、あ!!すみません!!」

日高は楠原の華奢な身体の下で、随分とだらしないことになってしまっていた。吸血鬼に血を吸われたせいで頭の中はぐちゃぐちゃになり、血液を失ったのと未知の感覚に息を荒くしていた。自分より一回り華奢な身体に押し倒され喘がされたという意識があるのかプライドもズタズタで、なんだか泣きそうな顔になっている。楠原はこれ以上血が抜けてしまわないようにと日高の首筋の傷を丁寧に舐め、塞いだ。

「あの、すみません・・・あの、あの、夢中になっちゃって・・・」
「あ、やばい、ぐらぐら、する」
「わ、わ、こういうときどうすれば・・・」
「ちょっと、休まして・・・やばい・・・眠い・・・」

日高はぷつんと糸が切れたようになると、そのままぐーすか眠ってしまった。さっきまでちゃんと男の人の顔をしていたのに、眠っている顔はひどく間抜けに見えた。楠原は日高の呼吸がちゃんとしているのを確かめてから、ほっと一息ついた。

先ほどまでの身体の不調はするりと服を脱いだように、なくなっていた。むしろ頬のあたりなどは前よりすべすべしている気がする。いったいなんだったのだろうなぁと、楠原は首をかしげた。そうしてから、自分が上に乗っかってしまっている日高の身体にぺたりと触ってみて、それがしっとりと自分に馴染むのが、わかった。もう一度首筋に鼻を埋めて、日高の匂いを嗅いでみる。なんだかよくわからないけれど、いい匂いがした。なんだか眠くなるような、落ち着く匂いだ。


END


つづけようと思って続かなかった話。
ツイッターには上げてたんですが、サイトには上げてませんでした。
もったいない精神。

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