私の身体をあげるから貴方の心を頂戴






「私はもう随分長いことひとりなんです。だから、これからも随分長く、ひとりでいるのだろうと思います」

宗像は弁財の髪を弄びながら、ゆったりと笑みさえ浮かべながら、そう言った。けれど弁財はそれはどれだけ寂しいことなのだろうなぁと、思った。宗像は随分長く生きたらしい。けれど、外見は弁財より少し上といったところだった。人間の弁財と吸血鬼の宗像ではそもそも生きる時間が違うらしい。生活する時間帯も違うのだから、それも道理かもしれない。



弁財が宗像に拐われてきてから、もう一年が経とうとしていた。弁財は宗像に拐われるまで、そこらへんにたくさんいる会社員だった。それなりの大学を出て、それなりの企業に就職して、それなりの生活をしていた。けれど、ある日仕事終わりにするっと宗像に拐われてしまった。ほんとうに、するっと拐われてしまったのだ。気がつくと弁財は高層マンションの最上階のベッドに転がされていた。困惑する弁財に宗像は「私に飼われてみませんか」と言った。宗像は吸血鬼だった。現代にそんなオカルトチックなものが存在しているとは、と弁財は驚いたのだけれど、うなじのあたりに牙を突きつけられて、「あ、これはほんとうなんだな」と思った。あとはもう流れに身を任せて、一年もぼんやりと過ごしてしまった。逃げ出すことができなかったかと聞かれると、そんなことはない。現に今だって弁財は閉じ込められているでもなく、足枷をつけられているでもなく、自由にさせてもらっている。けれど、社会的に弁財は存在しないことになっていた。弁財酉次郎は一年前に死んだらしい。そういうことになっている。そういう事実だけが、そこにあった。だから弁財はこの場所から逃げられない。逃げたとしても、どうしようもない。


「弁財君、私は食事がしたいのですが」
「・・・毎回そうやって断ってきますけど、勝手にすればいいじゃないですか。ちょうど一年前みたいに」
「一応許諾はとっておこうと思いまして」
「はぁ、そうですか。断りはしませんよ。俺は今あなたに生かしてもらってる身ですから」
「投げやりですね。わたしとしてはもう少しこう、抵抗された方が食事のしがいがあるのですが」

宗像はわざとらしく弁財のうなじをするすると指でなぞった。弁財はぞくぞくとむずがゆさに背筋を震わせる。この人のこういうところが嫌いだなぁと、思った。弁財が嫌がりそうなことを率先してこなしてくる。今だって、がぶっとひと噛みしてしまえばいいものを、もったいをつけて舐めたり、キスしたり、変なところをまさぐったりしてくる。弁財は風呂に入ったあとでよかったなぁと思ってから、そう思った自分に赤面した。

「・・・石鹸の匂いがします」
「さっき風呂、入りましたから」
「なんだか残念ですね」
「・・・気持ち悪いです」

宗像は弁財をソファに押し倒し、弁財の着ているシャツのボタンをひとつひとつ、ゆっくりと外した。そうしてから、石鹸の匂いをぬぐい取るように首筋を舐め、確かめるように甘噛みをした。宗像の鋭く尖った犬歯が肌のやわらかいところに触れるたび、弁財はひくりと喉を鳴らす。それをしばらく楽しんでから、宗像はゆっくりと、牙を弁財の首筋に埋め込んだ。

「・・・っう・・・」

はじめの痛みに弁財は眉をしかめる。肌にずぶずぶと異物が刺さってくる感覚というのは何度体験しても慣れるものではない。けれどそれさえおわってしまえば、あとはされるがままだった。するすると身体から力が抜けていく。宗像は血を吸っているのだけれど、それ以外にも生気だとかそういうものも吸っているらしい。だんだんと意識が浮ついていき、身体が火照った。いつもこうなってしまう。宗像は「人間同士のセックスが気持ちいいようになっているのは痛みばかりでは子孫を残そうという意識が薄れてしまうからなのです。同じように吸血鬼が人間の血を吸うときもそれ相応の快楽が発生するようになってます。人間がさほど嫌がらないように、神様はうまいこと作ってくれているのですよ」と以前憎たらしく笑った。弁財は神様はそんなところをうまいこと作るくらいなら、もっとほかのところをうまいこと作ればよかったのになぁと、思った。

「っあ、・・・はっ・・・んん・・・」

この感覚を、どう例えたらいいのだろう。弁財はじりじりと焦げるようで、するすると余計なものが抜かれていくようで、頭がどうにかなってしまいそうな、そんな感覚に背筋を震わせた。あと一歩間違えれば、命を落としてしまうかもしれないのに、そんな不安はどこにもなかった。ある日宗像が「あ、吸いすぎちゃいました」と冷たくなった弁財にふっくら笑っていたとしても、それはそれでいいかもしれないと、思う。思うけれど、そうしたらこの人はほんとうに一人になってしまうのだなぁと思うと、それだけが、きりりと冷たい。弁財は意識が朦朧とするなかで、ゆったりと腕を持ち上げ、宗像の後頭部に添えた。

「・・・っ・・・もう、駄目、です」
「・・・そうかわいいことを言われてしまうともっと吸いたくなってしまうのですが」

宗像は名残惜しそうに弁財の首筋をわざとらしく音を立てて、舐めた。その感覚が身体に響いて、弁財は息を詰める。吸血鬼の唾液には治癒効果があるらしい。弁財はいつも同じように首筋から血を吸われるが、翌朝にはもうそんな痕跡も残っていない。うまくできているなあと、いつも思う。

吸血鬼に血を吸われると吸血鬼になるという話が有名だが、ほんとうはもう少し手順を踏まないと吸血鬼にはなれないらしい。宗像曰く、「そんな簡単に吸血鬼が増えてしまったら我々は今頃食料に困って自滅してますよ」とのことだった。弁財はじゃあどうすれば吸血鬼になってしまうのか、と宗像に尋ねると、宗像はなんてことない顔で「あなたを私が抱けば、あなたは翌朝には吸血鬼になってますよ」と。

「けれど、血を吸われるのは心地よいばかりですが、吸血鬼になるのは大変です。身体のそもそもの構造が作り替えられてしまうのですから、背骨から肋から全ての骨が骨折して、ばきばきと音を立てながら肉のなかで位置を組み換え、体中の血液が沸騰するような苦痛を味わうことになります」

だから吸血鬼になりたいだなんて大層なことは思わないことです、と宗像は冗談めかして弁財の耳を舐めるように、囁いた。いつだったか弁財が拐われてきて間もないころの話だ。弁財は血や生気を抜かれて朦朧とする意識のなかで、なぜかそのことを思い出していた。吸血鬼は吸血鬼の血を吸うことはできないけれど、ずっとそばにいることは、できる。弁財はこのままではいつか年老いて死んでしまうけれど、吸血鬼になれば随分長いことひとりだった宗像が、これから先随分長いことひとりでいることはなくなる。もういいんじゃないかと、弁財は思うのだ。もう楽になったって、いいんじゃないか、と。あの寂しげに伏せられる睫毛の冷たさに同情したのかもしれなかった。理由なんて、そんなものだ。

「・・・礼司さん」

腕の下で突然名前を呼ばれ、宗像は驚いたように、弁財を見た。弁財は、宗像の後頭部にまわしていた手にゆるゆると力を入れて、それを抱き寄せた。そうして、いつか宗像がそうしたように、その耳に唇を寄せる。寄せて、一言だけ呟いた。そうしたら、宗像は少しだけ息を飲んで、そうしてから、すぐに、たった一言で返した。そこの隙間の会話が、全てだった。そこで弁財の意識は暗転した。すとんと眠りに落ちるように。夢から、覚めるように。


宗像は随分長くひとりだった。これからも、随分長く、ひとりでいるのだろう。


END



Twitterのフォロワーさんから設定いただいて書いた話です。
吸血鬼ネタおいしいです。
あまごとさん、ありがとうございました!


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