あの子天使なんだって




※捏造まみれ




きっかけはひょんなことだった。なんだか小説のような書き出しなのだけれど、とにかくひょんなことだった。日高がほんとうにひょんなことで道明寺に「かわいいっすね」と言った。とくに深い意味はなかったし道明寺もなんとも思っていない顔のままだったのだけれど日高だけが「あ、やべ」と思った。そうしたら道明寺が「あたりまえだろ、俺天使だし」と言った。日高は「え」と思ったけれど「はぁ…」と返すことしかできなかった。そうしたら道明寺が「なんだよ」と言った。

「だって道明寺さんが真顔で冗談言うから」
「いや冗談じゃなく」
「まじですか」
「だから俺天使だって」

日高は考えなければいけなかった。道明寺は至って真面目な顔をしている。そのちょっと日本人らしくない顔を見ているとほんとなような気もしなくはないのだけれど、日高はそこまで純粋に育ってはいなかった。道明寺の言っていることは多分でもなく冗談なので突っ込みをいれなければいけないのだけれど、どこからつっこんでいいかわからない。

「なんだよ」
「いやどこから突っ込んだものかと思いまして」
「なんだよ、じゃあ信じなくていい」
「え、」
「大抵が信じないからまぁそれが普通なんだろうなぁって最近思い始めた」
「え、え、」
「なんだよ」
「まじですか」
「だからさっきからマジだって言ってるだろ」

日高は「羽生えてないじゃないですか」と首をかしげた。道明寺はなんだそんなことかとため息をつく。

「だって人間の中にいるのに羽が生えてると面倒だろ」
「いやそうですけど」
「あと俺なんか羽は空から落ちてきたときにとれたらしい」
「…らしい?」

日高は伝聞的な表現に首をかしげた。普段ならそんなところに気がつかないけれど今回ばかりは気づいてしまった。道明寺は「ああ、親が言ってた」と。

「じゃあ道明寺さんの親も天使なんですか?」
「いや俺の親は人間だけど。拾われたから」
「え」
「だって親どっちも髪の毛真っ黒だし」
「え、いや」
「別に隠してねーし」

たぶんこれはとても深刻な問題だ、と日高は思った。日高はわりに馬鹿だったけれど、さすがにここまで状況がおかしいと色々とわかってしまう。日高は馬鹿だけれど勘はするどかった。深刻な話を道明寺がまるで「昨日の晩ご飯はラーメンだったよ」と言うような素振りで打ち明けているのが、さらに深刻だと思った。だって道明寺は人間だ。それは絶対の事実なんだとちゃんとわかっている。道明寺は天使みたいな見た目をしているけれどどうがんばったって天使じゃないことは明白だった。羽のあるなし以前に、そうと決まっている。

「道明寺さん」
「なんだよ」
「道明寺さんは天使なんですね」
「そうだよ」
「いつから人間の世界にいるんですか」

日高がそう聞くと、道明寺は少し考えた。考えてからあまり確証は持っていない様子で「生まれてすぐに空から落ちてきたって親が言ってた気がする」と言った。道明寺はとにかく物心ついた頃にはもうこの世界に落ちてしまっていて、それからは血の繋がっていないらしい両親に「お前は天使なんだよ」と言い含められて育ったらしかった。日高はちょっとこれから残酷な嘘をつかないといけないなぁと思った。できれば道明寺に信じてほしかったけれど、この嘘にも、その向こう側の嘘にも気づいてほしかった。

「知ってます?」
「なにを」
「天使って、20年も人間界にいるとほんとの人間になっちゃうんですよ」
「え」
「俺、本で読んだことあるんです。おとぎ話ですけど。でも、道明寺さんが天使だっていうから、これもたぶんおとぎ話なんかじゃないんだろうなあって」
「…ふーん」

道明寺は少し考える顔になった。そうして、自分のいつか羽が生えていたらしい肩甲骨のあたりに触れてみて、それから日高の肩甲骨のあたりにも触った。骨のかたちをたしかめて、自分と日高の違いみたいなところをすみずみまでたしかめた。けれど、あんまり違いらしい違いが見つからなかったのか、なんだか不安そうな顔になる。

「道明寺さんが人間になったら」
「…なんだよ」
「俺が人間の道明寺さんを幸せにしますよ」

だって天使と人間の恋なんていつだってパッピーエンドにはならないじゃないですか、と日高は笑ってみせる。大抵天使は天界に帰ってしまう。そうして結ばれずに、離れ離れになって、そんなのは悲しいじゃないですか、と。

「だから道明寺さんがこのまま20歳になって、人間になったら、そうしたら幸せな結末が迎えられますよ。俺が保証します」

日高が自信満々にそう言ってのけるので、道明寺も真剣に考えた。そうしてから、日高の言うことは多分嘘なんだろうなぁと、思った。けれど、そういえば、自分の設定も少し無理があったらしい、という気分になって、怖かった。こわかったけれど、二十歳になれば人間になれるという「嘘」を信じてしまえば、きっと、大丈夫だとも、思った。

「なんかさぁ」
「はい」
「プロポーズじゃね、それ」
「え、あ、あはは」

道明寺は曖昧に笑ってみせる日高の脚にローキックをかましてから、「わかった」と言った。

「え」
「俺が20になって、人間になったら、お前が幸せにしろ」
「え、あ、」
「お前が言ったんだろ」
「あ、はい」
「なんだその返事」
「いえ、がんばります。絶対幸せにするんで、がんばって人になりましょ」

そうして、俺に幸せにさせてください、と日高はへらりと笑った。へらりとだらしなく笑ってから、「道明寺さんってかわいいですね」と言った。道明寺は「あたりまえだろ」と言った。その先の言葉を飲み込んで。


END


さとねさんへ
リクエストありがとうございました。


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