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「僕は目に見えないものは信じない主義なんです」

五島がいつだったかそう言ったのを、弁財はゆっくりと思い出していた。少し洒落たカフェに五島と二人できて、こだわりらしいコーヒーをちびちびと飲んでいる。いつか五島と別れ話をするときはお互いの部屋ではなくこういう落ち着いた雰囲気の、よそよそしい店がいいなぁと弁財は思った。五島はコーヒーの香りをミルクでとばして、深みを砂糖で消して、もはやなんなのかわからなくなったものを飲んでいる。ただあたりさわりのない味しかしないだろうに。けれど弁財は別段、口に出そうとはおもわなかった。ただ自分のコーヒーに害がなければそれでいい。こういうところ、五島と弁財はよく似ている。

店内にはビートルズの曲が流れていた。何かのアルバムらしく、いつもだいたい同じ曲がかかっている。弁財はそれを五島と一緒に聞いていたり、ひとりで聞いていたりした。英語がもっと得意であったら聞きながら意味をなぞることもできたかもしれない。けれど弁財はそれほど英語が得意ではなかったので、メロディーの雰囲気とリズムのノリを楽しんでいた。だいたいバラードはゆったりとしていて、アップテンポな曲は明るい歌詞と相場が決まっている。いつもこれといった会話をするでもなくそのBGMに耳を傾けていると、「ヘルプ」が流れ始めた。この曲はさすがに大体の歌詞の意味を知っていた。だから弁財は少し足先でリズムを刻んだ。誰か助けてくれと願う男の声に耳を傾けるのも悪くない。

「好きなんですか」
「いや知っているから」
「誰の曲です」
「むしろ知らないのか」
「若いですから」
「・・・ビートルズだ」
「名前は知ってますよ」
「だろうな」
「なんて曲です」
「ヘルプ」
「へぇ。僕英語はわからないんですが、ノリのいい曲ですね」
「そういえばそうだな」

歌詞の内容とはうらはらに曲はとても明るいノリだった。弁財はあまり音楽には明るくないので、まぁそんなこともあるだろうと。助けなんてものは気軽に呼んでしまえばいいのだろうなぁとも思った。黙っていたって誰も助けてはくれないけれど大きな声で叫んでみたならそれはきっと誰かに届いてしまうのだ。一番助けてほしい人にも。


「愛とか恋とかかたちのないものは信じないのでかたちにして僕にください」

これもいつか五島の言った台詞だ。弁財は思い出す。そうして、コーヒーを傾けて、かたちにできる愛とか恋というものを自分はしたことがないなぁと、思った。そんな努力も、苦労も弁財はしてこなかったけれど、別れ話にはうってつけの店にいるのに五島が別れ話を切り出してこないのだからつまりはそういうことなのだろうなぁと、思った。あとはもう五島がリズムに乗せて「ヘルプ!」と叫べばいいだけだ。いつまでも少年のようにひとりでも平気だなんて虚勢を張っていないで。


END


楡野さんへ
リクエストありがとうございました

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