あなただけいればいいだなんてそんな小説みたいなこと言わないで
久々に訪れた五島の部屋はすっかりと様変わりしていた。弁財はそのすっきりと片付けられた、というよりも必要なものさえなくなってしまったような部屋に少し驚き、「なにがあったんだ」と聞いた。借金でも作ったのか、(五島にしてはありえないけれど)女に騙されたのか、日高と喧嘩して破壊のかぎりを尽くされたのかと。それはどれもこれも現実的な理由ではなかったので、五島が「いや、なんとなく」と言ったことに弁財は納得してしまった。そっちのほうがなんとなく現実的だ。
以前の五島の部屋はわりと普通にものがあった。本棚には文庫本も並べられていたし、CDやMDも重ねられていた。雑然としているところはなかったけれど、それなりにいつもものにあふれていた気がする。けれど弁財が部屋を見渡してみたところで、その部屋にはベッドとデスクとPCしかなかった。本棚はどこかへいってしまっていたし、中身も見当たらなかった。衣類はクローゼットの中に数枚残っていたけれど以前より数はかなり少なくなっていた。弁財は「まぁそんな気分のときもあるだろうなぁ」と納得してしまったのだけれど、五島はなんだかおかしなものをみるような目をしていた。
「普通、それで信じる人がいますか」
「嘘なのか?」
「いや嘘じゃないですよこればっかりは」
「じゃあそんなときもあるんじゃないか、でいいだろう」
「まぁそうですけど」
なんだお前、かまってちゃんなのか、と言いそうになり、弁財は口をつぐんだ。五島はかまってちゃんだ。ときどきそんな顔をしている。けれど弁財はまぁべつにそんなことはどうでもよくて、ただ五島の本棚に並んでいた小説がわりと好みのラインナップであったことを残念に思った。
「どうせほんとに必要なものがわからなくなったとか言い出すんだろう、お前は」
「ええまぁそんなとこです」
「今日はやけに正直だな。明日は槍でも降るのか」
「そうだったら楽しいですね」
弁財はなんだか憑き物の落ちたような五島の様子を見て、少し不満げな顔になった。五島は息をするように嘘をつく男であったけれど、今日はやけに正直だ。これはほんとうに五島だろうかと首をかしげる。そうして、なんだろう、とにかく自分が五島の部屋にきている理由がなくなってしまったような気もした。簡単にものが捨てられてしまうのは多分それを選び取ることに、手に入れることに充分な時間をかけなかったことが原因なのだ。だからそれと同じ速度で手放してしまえる。そういうものに囲まれていることにうんざりしてしまったのだなぁと弁財は思った。別段必要でないものたちは必要なものを覆い隠してしまうけれど手に入れた気にさせるのにはもってこいなのだ。たとえばひとりで時間を潰すための本だとか、ひとりの夜を彩る音楽だとか、ひとりを飾り付ける衣服だとか、そういうものだ。五島はやたらものを捨てることでなにかそういうものを手に入れることができたのだろうかと思った。けれどそうしたときになんだか空恐ろしくなって、自分が今五島の部屋にいることがとてもこわくなって、少し怯えた目で五島を見た。五島は「なんですか」と首をかしげてみせる。
「そんな顔したってもう出してあげませんよ」
END
マドナゴさんへ
リクエストありがとうございました。