だって俺とだって王子様とだって最終的にはこうなる運命なんでしょう






男の人はね、女の人を守るために身体も大きくて、力も強いのよ、と真琴はよくよく聞いたことがあるけれど、内心そんなことはないのだと、わかっていた。男の力が強いの生き残るためだ。口では絶対に女に勝てないし、頭の回転でも絶対に女のほうが知略をめぐらすことができて、人を陥れるのがうまい。そんな生き物とうまく共存していかなければいけない男というのはとにかく何かで女に勝っていなければいけなかった。暴力なんて野蛮なものでも身につけていなければ男なんて生き物はとっくに絶滅していたに違いない。なのに女というものはほんとうに自分に都合のいいように物事をかんがえることが得意なようで、冒頭の台詞をまるで魔法の言葉のように、唱え続ける。男が女を暴力によって虐げることのないように、頭のいい言葉で、その身を守っている。だから「王子様」なんて言葉が生まれてしまうのだ。女の人に都合のいいような男を「王子様」なんて呼ぶのだ。

真琴はもてるほうがもてないほうかと言ったら、もてるほうだった。真琴はいろんな女の子の王子様をやっている。そつなくこなしている。その子たちの期待にそえるような言葉を紡いで、その気になれば大抵の女の子を組み伏せることのできる力を、女の子の持つ思い荷物を運ぶためにつかっている。真琴は女性の視点から見てとてもただしい行いをする「王子様」だった。別にくだらないだなんてことは思わない。だって、そうでもしないと、女の子にはかなわないとわかっていた。敵にまわすよりは、味方につけていたほうが、ずっといい。化粧が濃かろうと、香水がきつかろうと、その人は女なのだ。世の中にはそんな簡単なことをわかっていない人が多すぎる。だから「女々しい」なんて言葉が生まれる。女々しいことはいいことだ。黙っていても、誰かが守ってくれるような響きをしている。魔法の言葉みたいに、そうなのだ。


「あまちゃん先生、好きな人とかいるんですか」

渚が気安くそう首をかしげると、天方は「どうして?」と首をかしげて返した。とくに赤くなる様子も、焦る様子もなかった。だから真琴は、「ああ、いないか、自分たちとは全然関わりのないところにしか、その人はいないんだなぁ」とおもった。

「だって、美容とかにすごい気つかってるじゃないですか。いつも日傘とかさして、しがいせん気にしてて。だから、誰のためにそうしてるんだろうなぁって」
「もう、そういうことじゃないの!いつかわたしの王子様が現れたときにシミだらけの顔だったらどうするの!こまるじゃない。普段から気をつけてないといけないの!」
「へーそうなんだ。・・・なんかつまんないー」
「ちょっと!大人をからかうもんじゃありません!」
「はーい」

「王子様」ねぇ、と真琴は溜息をついた。なんて都合のいいことを考えているんだろうなぁと、思わなくはない。きっと天方も、心のどこかに夢見る少女という生き物を飼っている。けったいな生き物だ。その王子様はきっと顔がよくて、背も高くて、とても優しくて、天方のことを大切にしてくれて、ピンチのときにはかけつけてくれるのだろう。そのために天方はいつも日傘をさして、日焼けどめをしっかりと塗って、髪からいい匂いをさせている。その人がいるかどうかもわからないし、むしろ一生めぐり合わない可能性のほうが、ずっと高いのに。女はどうしてこう、頭がいいのに、馬鹿なんだろうなぁと思った。もちろん、口には出さないし、顔にもださないし、むしろ「天方先生は綺麗なのできっといい人と巡り会えるんじゃないですか」という台詞くらいは、吐ける自信がある。真琴はそういう男だ。



あーあ、と真琴は思った。思ったよりも、条件が揃ってしまった。天方と真琴は高確率でもう誰も戻ってこない更衣室にふたりっきりだった。忘れ物みたいなものもない。遙はもう眠いからと先に帰った。天方は無防備に真琴とふたりになってしまった。だれもこない薄暗い更衣室の中で。だから、べつにいいじゃないかと思った。真琴はちゃんと天方が好きだった。好きで、責任くらいはとる気でいた。掴んだ肩はふっくらとやわらかかったし、首のところからはうっすらと香水の残り香がした。そうして、焦ったように「ちょっと!冗談はやめて!わたしは先生で!あなたは生徒なのよ!」という悲鳴が聞こえる。ちょっと静かなほうがいいかなぁと思ったので、その唇をぴったりと手で覆ってしまった。生徒だとか教師だとかいう関係以前に、真琴は男で、天方は女だ。そんな、現代社会が求めるだけの区切りよりずっと昔から、そう決まっている関係がちゃんと存在しているのに。だから真琴は簡単に天方の抵抗を封じ込めることができるし、なんなら少し痛い目を見てもらうこともできる。そうしないのは、真琴があまりこの人を傷つけたくはないなぁと思っているからだった。

「責任はとりますし、俺、先生のことそういう対象として見てるだけじゃないです。ちゃんと好きです。先生がいけないんですよ。俺のこと、視界にも入ってませんって顔で、無防備に、男の前で女みたいな仕草して。ふたりっきりなのに、なんにも怖いことなんてない顔、してる」

ちゃんと、好きです。と真琴はもう一度、繰り返した。天方の抵抗は少しだけ鈍くなった。だらしない女の匂いがした。心の隙間が、目に見えるようで、真琴は少しうれしくなる。とっぷりとその隙間に入り込み、「美帆さん、好きなんです」と、囁く。

真琴はちゃんと愛を持って天方を扱おうと思っていたけれど、それでも、天方のこの状況はきっと人生においてかなりの大ピンチだ。下手をすると女性としてのいろんなものや、社会的地位や、収入や、尊厳を失う可能性が、大いにある。こういうときに天方のいう「王子様」というのは、そこの扉をがらりとあけて、真琴を一発殴り、「大丈夫ですか?」と優しい手つきで、天方を助けてしまうのだろう。けれど、そんな王子様はいつまでたってもあらわれなかった。天方が誰か誰かと思っているあいだに、もう半分まで終わってしまった。あと半分終わるまで、その王子様とやらが現れなかったなら、もう自分でもいいんじゃないですか、と、真琴は思った。お姫様のこんな大事なときに駆けつけてくれない最低な王子様よりも、最低な俺で、いいんじゃないですか、と。


END




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