マイナーな自分に惹かれている






伏見は目にかかるどころか鼻の頭をくすぐるようになった前髪を鬱陶しそうにいじっていた。仕事終わりの伏見の部屋で、秋山が簡単な夕食を作っている。伏見は野菜を食べないから、パスタだ。茹でて、市販のソースをかけるだけの簡単なメニュー。それでも、秋山がつくらないと伏見はゼリー飲料ですませてしまう。伏見はお腹がふくらんだときの幸せな苦しさを、ただの不快と思っているらしかった。そんなので人間生きていけるのだろうかと秋山は思ったけれど、生きているものは仕方がない。

「髪、のびましたね」

パスタを茹でながら、秋山がそう声をかける。伏見は「・・・そうだな」とぼんやりした声を出してから、おもむろにラックから鋏を取り出し、あたりにチラシを広げはじめた。秋山が前髪でも切るのだろうか、夕食前なのに、と思っていると、伏見はざっくりと、前髪ではなく襟足のあたりを切った。秋山がぎょっとして固まっていると、それを知ってかしらずか、伏見はまたどんどん髪の毛を切り始める。サイドもバックも、鏡ではよく見えないだろうに怖がることもしないでざくざくと切っていった。ためらいがないというのは見ていて恐ろしい。ところどころどんどん不揃いになっていって、なのに伏見はそれを揃えようともしない。鋏だって、髪の毛を切る銀色のシャープなものではなく、普通の文房具の鋏だった。秋山があっけにとられているうちに、伏見はざっくりと前髪まで切って、髪の毛とチラシを片付けはじめた。

「なんだよ」
「あ、いえ」
「お前の前髪も切ってやろうか」
「・・・遠慮します」

伏見の髪の毛は前より短くなっていたけれど、前よりずっと不揃いになっていた。なのにどこかバランスがとれている。そういうふうに切ったんだよ、と言われれば納得できるかもしれない。本職の美容師さんが見たらなんて言うんだろうなぁと、秋山は思った。けれどその髪型はどこか伏見ににあっている。本人が切ったのだから、当たり前かもしれないが。そこらへんに落ちている適当な鋏でざっくりと切って、不揃いなのを気にも止めないでまたザクザクと短く、不揃いにしていく。揃えるということを知らないらしい。秋山は少し考えてから、「伏見さん、鋏貸してください」と言った。

「なんだよ」
「後ろ髪が少し」
「文句あんのかよ」
「そういうわけじゃないです。少しだけ揃えましょう」

秋山は鋏を受け取ると、切りづらいなぁと思いながら、少しずつ、少しずつ、伏見の毛先を揃えた。伏見はこんなにきれない鋏で、さっきまであんなにザクザクと髪を切っていたのか、と秋山は少し驚いた。指を挟んでも、たぶんこの鋏じゃ血は出ない。そろりそろりと秋山が丁寧に伏見の髪の毛を揃えていると、伏見が苛立ったように舌打ちをした。秋山は後ろ髪だけでなく、サイドの毛先もすこし整えてから、「はい、できました」と。

「似合ってない」

伏見は鏡にむかって、ぼそりとそれだけ言った。秋山もたしかに、少し似合わないなぁと、思っていた。それが悲しくて、すこしだけ嬉しかった。伏見は丁寧に切り揃えられた髪の毛をひとふさ掴んで、鋏を持とうとしたけれど、少し考えて、それをことんとテーブルの上に戻した。もうパスタがのびてしまうような時間だったものだから。


END


sena.さんへ
リクエストありがとうございました。
title by 深爪

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