世界でただひとりだけのかわいくない馬鹿者






五島が落ち込んでいる様子も、五島が苛立っている様子も、五島が泣きたそうにしている様子も、きっと布施だけがぜんぶ見たことがある。それは大抵うすっぺらな笑顔の下で押し黙っていたけれど、たしかに感情としてそこにあった。五島の表情筋はうさんくさい笑顔で固まってしまっているかのように、ずっと、へらへらしている。そのヘラヘラした顔で、いつもずっと深く凝った感情を抱えている。そういう五島の様子を見ていると、布施はいつも思うのだ。この世界はままならないことばかりだなぁと。


今日の五島には何かあたたかい飲み物が必要だと思った。だから布施はありきたりにカフェオレをいれた。ミルクだと甘すぎたし、コーヒーだと苦すぎた。どっちつかずの曖昧な優しさに、あまだるく多めの砂糖をいれる。部屋のソファに我が物顔で寝転んでいる五島の前にコトンと置くと、布施は自分はクッションをつぶして床に座った。ラグの毛がそろそろ萎えてきている。買い替え時かもしれない。

「なんか」
「うん」
「お前今日どうしたんだ」
「うん」
「うんじゃわかんないだろ」
「うん」

らちがあかないなぁと布施は思った。だからカフェオレを一口飲んでから、小さく溜息をついた。原因のようなものはいくつか心当たりがあるけれど、これはやはり日高関連なのだろうと察しがついてしまう。布施は最近なんとなく日高が幸せそうな顔をしているのと、その視線の先にいる人を思い出して、五島を見た。五島は憮然とした表情でタンマツをいじっている。どうしたものかなぁと思った。

「たぶんさ」
「うん」
「弁財さんがいなかったら、お前だったよ」

五島はタンマツのスイッチをかちりと押してスリープにしてから、それをソファの端に転がした。そうしてから、あのいつものうすら笑いを浮かべて、「それ、楠原の時も言ってた」と。布施は「あ、やべ」と視線を逸らし、マグカップの中のカフェオレをまた飲んだ。甘いのか苦いのかはっきりとしない味がする。五島もそれを口にして、けれどすぐに「あま・・・」と眉をしかめた。

世の中というのはほんとうにままならないようにできている。五島はきっと日高に告白するようなことはしないだろうし、日高はもうずっとほかの人ばかりみてしまっている。だから五島はずっと日高だけを見つめている。ずっとだ。はやくどうにかなってしまえばいいのにと、布施はいつも思う。どうにかなってしまったらきっと自分の番がくると、少しでも思ってしまっている。こんなのは、あまりよろしくないとわかっているのに。

「なぁ」
「なに」
「もう諦めたら」
「うん」
「諦めて、俺にしたらいいんじゃないか」

布施がそう言ったとき、五島はソファからちゃんと身体を起こして、だらしなくない恰好で、もう一口だけカフェオレを飲んだ。甘ったるいそれは飲み込んだあともべったりと口のなかに残る。五島は「そうだね」と言った。



「日高がいなかったら、布施だったよ」



END


title by 深爪

ぷっちんぷりんさんへ
リクエストありがとうございました。

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