lost child generation






暑い夏の日だった。きっと熱中症で倒れる人が昨日よりずっと増えたに違いない。土曜日で人通りも随分と多かった。五島は特に必要なものがあったわけでも、欲しいものがあったわけでもないけれど、適当な大型のショッピングモール内をぶらぶらとひとりで歩いていた。適当な本屋で雑誌を物色して、適当なブランドの服を眺めるだけ眺めて、適当なカフェで軽食をとる。五島は大抵の休日をそうやって過ごしていた。それはもう習慣というよりも癖に近い。ぶらぶらとどこかへ出かける。特に誰と遊ぶわけでもない。たったひとりで、なんとなく気が向いたところに足を向ける。外は猛暑だけれど、ショッピングモールの中はほどよい涼しさだった。人の海になってしまっているその中を、五島はまるで泳ぐように、歩く。家族連れやカップルの隙間を縫うように。


「…おにいさん、迷子なの?」

その声がびっくりするほどまっすぐに響いてきて、五島は思わず振り返った。するとそこにはこの暑い日に人形のような装いをした女の子が佇んでいた。容姿が整っているのもそうだが、服装もあまり目にする機会のない真っ赤なドレスだ。ゴシックアンドロリータファッションの赤いバージョン。透き通るような眼差しで、その子はしっかりと五島を見つめていた。だから五島は少ししてから、「違うよ」と口の端を持ち上げた。

「んふふ、君こそ迷子なんじゃないの。ひとりでここにきたの?」

五島が尋ねてかえすと、その女の子はふるふると首を振った。それがどちらに対しての否定なのか、五島にはわかりかねたけれど。どちらにせよこれは迷子センターにでも連れていったほうがいいかもしれない、と五島は思う。

「じゃあ、迷子センターに行こう。君を探してる人がいるんでしょ?」
「…いると、おもう」
「じゃあ、行こう」
「でも、わたしもさがしてるから」
「そう。待ち合わせ場所はあるの」
「…」
「うん、君は迷子なんだね」

五島がそう言うと、女の子は首をかしげた。すこしこわい瞳をしているなぁと、五島は思った。それがどうしてなのかはわからないけれど、なにか心の奥に凝ったものをじっと見透かされているような気分になる。綺麗なものだけ見て育ってきたみたいに、透明だった。

「わたしは、迷子じゃない」
「うん」
「でもおにーさんは迷子」
「…ちがうよ。僕はここにひとりできてるから」
「へん」
「なにが?」
「おにーさんもさがさないと、みつけてもらえないもの」

五島が少し口を開いたときに、「あー!いた!」という声がした。声のほうに目を向けると、見覚えのある金髪の優男がこちらに駆け寄ってくるところだった。その見覚えは少し都合の悪いものだったけれど、五島はまぁこちらの顔はわれていないだろうと、「知ってる人?」と悠長に少女に問いかける。すると少女はこくりと頷いて、そちらへたたっと走っていった。

「もー探したんだよー?突然いなくなるんだもの。びっくりしたんだから」
「…ごめんなさい」
「うん、いいよ、見つかったし。えっと、そっちの人と一緒にいたの?」

少女がこくりと頷くと、青年は五島にむかって「みつけてくれてありがとう」と笑いかけた。五島はとくになにかしたような気もしなかったので「いえべつに」と曖昧に笑った。少女は、もう一度五島の方を見ると、ガラス玉のような瞳で、「おにーさんはもう迷子だから、だいじょうぶ」と言った。青年は首をかしげたけれど、五島は首を傾げることができなかった。ただ、「うん」とだけ言った。


その二人が雑踏に消えてしまってから、五島はやっとショッピングモールをあとにした。もう日も沈みかけている。夕日がぐずぐずになったトマトのように真っ赤だった。それからすぐに雨の匂いがした。気づいたときには夕立が背後から襲いかかってきていて、五島は仕方なく適当に屋根のあるところへ避難する。雨を避けていたら、隘路へ入ってしまっていた。ビルとビルの隙間に、雨をしのげそうな屋根をみつけて、五島はそこでびしょ濡れになって落ちてきた前髪をかきあげた。今日はとんだ一日だ。傘もない。狭い空を見上げると、先ほどまでは晴れていたのに、いつの間にかそこは厚い雲に覆われていた。しばらく雨はあがりそうにない。五島はああ迷子になりたいなぁと思った。きっとさっきの女の子の台詞は、五島を慰めたかっただけのものに違いなかった。だって、五島がほんとうに迷子なら、いまごろ誰かが五島を探しているはずだから。そんなひとは五島には想像もつかない。それが少しだけ寂しかった。

路地の隙間にいると、大通りの雑踏が響いてきた。ばしゃばしゃと雨を踏んで走る音に、傘をさした人が雑談しながらゆっくりと歩いていく音。その足跡は、ちゃんと自分の目指すところに向かっている。不思議だなぁと五島は思った。五島は今自分がどこに立っているのかも、どこに行きたいのかもわからなかった。もう日も沈みきって、重苦しい夜の雰囲気がちゃぷちゃぷと足元から湧き上がっている。ぽっかりと空いた夜の隙間に、冷たい水のようなそれが満ちていった。深く溜息をつくと、そのぶんだけ雨に肺が満たされる。その水滴が肺の中でぐずぐずとわだかまって、五島はもっと深いところにいる気分になった。もっとずっと深い、たったひとりの、光も届かないような深海にいるような気分だ。いつもなら、その冷たさをじっと見つめるようなことは絶対にしない。けれど、今ばかりはじっと見つめてみた。あの女の子の瞳を見つめ返したように、静かに見つめてみる。そうしていると、はじめて、たったひとりに見つけてほしいと思った。やっと、たったひとりだけ、あいたいと思う人がいた。雨の音が反響している。ばらばらと、合図のように、声のように、何か叫んでいるように。誰かじゃなくて、たったひとりを呼ぶ声だ。はにかむような笑顔に、冷たいかんばせが、するりと濡れた。


「あ、見つけた」


END


さとねさんにネタをぽろっともらって書いたんだけども最後まで布五にしようか日五にしようか迷って、じゃあどっちにもとれるようにしたらいいんじゃねっていうひどい思いつきで曖昧なことになった迷子になりたい五島の話。
ゲスト出演はアンナと十束さんです。
たぶんさとねさんのイメージとはちょっと違うことになってて申し訳ないけども素敵なネタをありがとうございました。

BGM:迷子犬と雨のビート(ASIAN KUNG-FU GENERATION)

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