嘘はわたしが引き受けよう






「さよならをしませんか」と五島は言った。やわらかい夜だった。刺さるような蛍光灯に照らされた五島の部屋で、弁財は息を詰める。きちんと五島をみつめた。五島はいつものように薄っぺらく微笑んでいる。

「…ずっと…言い訳を、考えていた」

弁財の言葉は、ぽろりと口の端からこぼれ落ちた。空から落っこちた星屑のように、芯は真っ黒で、なのに、五島は綺麗な言葉だと思った。ここから、五島はもう弁財に指一本、触れない。触れないと、決めている。触れてしまったらきっとその柔らかくて皮膚の薄い首に爪をたててしまう。激情にかられているわけでは、ぜったいにない。ただ、冷静な頭でそう思った。弁財はぼんやりと、夢をみているような目をしていた。それはきっと、幸せな方な夢だ。

「お前の嘘に愛想がつきたとか、お前がほんとうは俺を好きなんかじゃないってわかったとか、もう疲れたんだとか」
「変なひとですね」
「ずっと…言い訳を、考えていた」

五島は、少し考えてから、ソファの背もたれにゆったりと背中を預けた。そうしてから、「しってました」と。弁財は諦めた顔になった。

「俺はずるいことしてる」
「それを言うのがずるいです」
「不思議なんだ。お前のこと、ちっとも嫌いじゃない」
「…」
「嫌いじゃ、ないんだ」

五島はもうこれ以上この人と話をするのは少しばかり辛いなぁと思った。弁財の言葉の先に、音にならない声を聞いた気がして、とても疲れた。それだけが聴きたくなくて、だからさよならをしましょうと言ったのに。弁財は、さすがに少し考えた。少し考えて、五島のような台詞を、やっと選びとる。

「でも、お前がそう言うなら仕方がないな」

弁財はちゃんと汚い部分を受け取った。受け取って、五島はずるいなぁと思った。弁財が卑怯になりきれないことをちゃんとわかっている。五島の内心を心に留め置いてしまうことを、ちゃんと計算にいれている。だから、ずるい。けれど弁財は、自分がそれ以上に汚くて、醜くて、どうしようもなくずるいことをしていると、わかっていた。どうして五島は、最後の最後にこんなに優しいことをするのだろうと、そう思った。これじゃあ嫌いになんてなれないじゃないか。

「さよならをしましょう」
「ああ」
「さようなら、弁財さん」
「さようなら、れ…五島」

最後にあなたの首に触れてしまいたかった、と、五島は吐息だけで、涙を流した。五島から彼をさらっていった男を、五島はちゃんと、愛してしまっていた。だから、ただ、さようなら。さようなら。


END


脊髄さんへ。
…日高は空気になりました。
ほとんど五弁でごめんなさい。

リクエストありがとうございました!!

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