解けない結び目に鋏を持ち出した話






秋山は煙草を当たり前だけれど一本だけ、くちに咥えた。ボックスの中身はもう空で、それが最後の一本だった。すこし疲れたふうな伏見が、それをじっと見ている。それは当たり前だけれど、最後の一本だった。ライターはヤスリをまわして着火するタイプだった。チャイルドロックの風潮を無視した古典的なライターだ。秋山はジッポは使わない。煙草をつけるだけにしては火力が強すぎてなんだかこわいからだ。調節すればなんとかなるのかもしれなかったけれど、使い捨てのライターで事欠かなかったので、秋山は最後まで使い捨てのライターをつかった。これがきっと最後になる。ヤスリを回すと、パチパチと火花が飛んだ。線香花火みたいな、小さな煌きをして。



ずいぶん前の話だ。随分前なのに、なんだか秋山は昨日のことのようだと思った。もしかしたら本当に昨日かもしれない。距離としてはすぐとなりに、その思い出はあった。伏見は秋山が煙草を吸っているのが見るのが好きらしかった。厳密には秋山が煙草をつけている姿が好きらしい。風なんか吹いていないのにライターの小さな火を左手でかこい、何回かしくじりながら着火するのが、わけもなく眺めていたい気分になるのだと。秋山はそういうものなのだろうかと思ったけれど、とくに恥ずかしいとも、どうとも思わなかった。ただ煙のことだけ、少し気にしていた。

「なぁ」
「はい」
「ライターなんでかえたんだよ」
「え?」
「なんか、ヤスリのやつだったの、ボタン式のにしたろ」
「え、ああ、なんか、ヤスリのだとわりと点火しづらくて。どうかしましたか」
「いや、べつに」
「どうかしたんですか」
「・・・ライターの、つけるときの、なんか火花がとぶのがわりと好きだった。それだけ」

秋山は柄にもなくきょとんとした顔になってしまった。伏見はべつに恥ずかしげもなく「なに」と不機嫌そうな顔になる。このひとはへんにロマンチックなところがあるなぁと秋山は思った。だから、一本、ぞんざいに吸ってしまったあとに、もう一本、煙草を口にくわえて、油がもうほとんどなくなってしまったヤスリのライターで火をつけた。何回もヤスリを回さなければいけなかった。そのたんびに、ぱちぱちと火花が散った、線香花火のような、火花だ。伏見はそれをべつに面白くもないような顔をして見ていた。秋山も別に面白いことでもなかったけれど、なんとなく注意して、それを見ていた。どこか噛み合わない歯車が、空回りしているようで怖かったからだ。ぱちぱちと、火花だけが残照のように、弾けて消える。



煙草に火がついたとき、秋山はそのことをずいぶん昔のことのように思った。実際には半年前の話なのだけれど、それよりずっと、前のことのように思える。ライターを持ったときにはつい昨日のことのように思っていたのに、変な感傷だ。伏見はじっと、秋山が煙草を少しずつ燃やしていくのを眺めていた。秋山もそれがわかっているから、丁寧に、それを吸った。煙を肺までしっとりと入れ込み、ゆったりと吐き出す。それをなんどか繰り返すと、煙草はみるみるうちに短くなって、フィルターの部分をちりちりと焦がした。秋山はそれをちゃんと灰皿におしつけて、最後の鼠火まで消してから、溜息をついた。

「煙草の匂いが嫌いならはじめからそう言えばよかったんです」
「べつに」
「俺はヤスリのライターは嫌いなんです」
「知ってた」

どうしてこんなささいなことがこんがらがって、こんなところにまでもつれこんでしまったんだろうなぁと、秋山は思った。伏見もそう思っていた。お互いに鋏を握りしめながら、そう思った。


END

title by 彗星03号は落下した

misaさんへ。
秋伏・・・ですけどちょっとアレな話ですみません。
いやほんと・・・すみません。
リクエストありがとうございました!

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