日高





大切な人を失った。


どれくらい大事だったのか、どんなふうに大切だったのか、どうしてそうだったのか、そう考えることにも意味がないくらい大切な人を失った。日高はいつか、くじけてしまった。くじけてどうしようもなくなったところで、五島が「ちょっと忘れよう。このままだと日高、いなくなっちゃう気がする」と言って、日高を抱き寄せた。日高はその肌の冷たさと、かたさと、かすかな暖かさと、嘘くさい言葉に慰められた。ひどいことをした。日高は五島が自分に好意をもっているといつか、ちゃんとわかっていた。わかっていて、ひどいことをした。その日、そのひどいことの前に、五島は「好きだよ、日高」と言った。そうして、その言葉が出てきたのとおんなじ唇で、最後に「嫌い」と言った。日高はその言葉に慰められた。一回じゃなかった。しばらく、そうしていた。もう何回体を重ねたかわからないくらいそうして、五島が「日高、好きだよ」となぜか、思い出したようにつぶやいた。日高はびくりと体を揺らして、そうして素っ裸のまんま泣いた。五島はなんにも言わないで、朝まで一緒に起きてくれていた。そうして朝焼けの中で「日高の名前みたいだね」と窓の外を指した。日高はまぶしいと思った。

たったひとり取り残された部屋で、日高はぼんやりと天井を眺めていた。それからはもう五島とは体を重ねていない。キスだってしなかった。前は五島の唇も舌も、人間じゃないみたいに冷たかった。なのに今日はあたたかくて、五島を人として扱っていたかあやしかった自分が、ぐさぐさと責められるような気がした。五島はいつか、日高に「忘れていいよ」と言った。日高は「忘れてほしい」と言った。どこまでも最低だった。日高は責められるべきだ。ちゃんと日高が二本足で立てるようになってから、五島は日高を責めるのだと、日高は思っていた。なのに、五島はそうしなかった。やさしさなのか、ほかのなにかなのか、とにかく、痛いと思った。

「最低だー」

日高はちょっと、久々に泣きそうだと思った。久々に、自分が嫌いになった。本日二回目だ。

日高と五島はそろそろ、お互い離れてみなければ、いけなかった。どっちもがそうわかっていた。このまんまふたりでずっとぐずぐずしていたって、ただ腐っていくだけだ。けれどどっちかが離れようとするとどっちかが引き止めて、どっちかが遠ざけようとするぶんだけ、どっちかが近寄って、そうして今まで、ずるずるとつないできてしまった。そんなんじゃダメだと、ずっと前からわかっていたのに。罪悪感とか、未練とか、そういうほの暗い、べたべたした、負の感情で、ずっとつながっていた。日高からでは、きっと言い出せなかった。五島はきっと、言い出さないとわかっていた。なのに、五島はどうして、「なんにもできないならなんかできることから探せば」と言った。こんな最低男にだ。日高は今までが最低だった。じゃああとはのぼっていくしかないじゃないか、名前のように、と思った。都合のいいことかもしれない。けれど、都合がよくなければ、きっとまともに立てなくなってしまう。都合をよくして、どうにか立ち上がったら、あとは歩くだけだ。まっすぐに、歩くだけなのだ。

END


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