日高と五島





五島がちょっとだけめずらしくセンチメンタルな気分で部屋に戻ると五島の猫をひっ捕まえてラグの上に撃沈している日高がいた。センチメンタルな気分がふっとんだ。

「なにしてるのさ。にゃんこ嫌がってるじゃんかよ」

五島がとりあえずしっぽをびたんびたんと床にたたきつけて抗議しているねこを日高から取り上げると、日高は「俺は今後悔しているんだ」と頭の悪いことを言った。そうしてから「人生は迷いと後悔の連続だ」とありきたりなことを言った。だから五島はとりあえず猫を逃がしてから日高にあったかい飲み物をいれてあげた。日高のおこちゃま舌にちょうどいいように砂糖をたっぷりといれたカフェオレだ。今日はちょっとやさしくしてあげたい気分だった。五島はたいてい気分で動く。ことんと暖かいマグカップを日高の前に置くと、日高はずるずると動いて、それをずるずるとすすった。

「なにがあったの」
「弁財さんが…」
「あ、うん、だいたいわかったからいいや」
「俺まだなにも言ってない」
「いやどうせ弁財さんがなんも言ってくれないとかそっけないとか距離感じるとかそういうかんじでしょどうせ」
「ゴッティーエスパー伊藤だな」
「伊藤はいらない」

日高はずるずるとみっともなくまたカフェオレをすすって、「俺はなんにもできない」と言った。まるでなにかできることがあったのにとでも言いたげなかんばせだ。五島は傲慢だなぁと思った。日高のこういうところが嫌いだ。嫌いだがしかし今日の五島はちょっといつもと調子が違った。だからありきたりに「なんにもできないならなんかできることから探せば」と言った。

「…ゴッティー今日なんかいいことあったの」
「…ないよ。むしろ逆」
「そうか人は悲しみを知って人にやさしくできるのか」
「何日高頭悪そう」
「俺が頭悪そうなのはいつものことだろ」
「卑屈になって」
「俺は卑屈じゃなかったことなんて一度もない」
「それ誰?同姓同名の誰か?日高暁なんて前向きすぎる名前僕一人しか知らないんだけど」
「そうだ俺の名前は日が高く上り夜が明けるすごく前向きな名前だ」
「そうだね」
「そうだ」

日高の脳味噌はとてもシンプルにできている。かわいそうなくらいシンプルだ。五島はちょっと日高を哀れに思った。

「元気出た?」
「うん」
「じゃあ今度は僕を慰めて」
「なんで」
「あったかい飲み物いれて」
「カフェオレでいい?」
「うん、砂糖はいらない」
「わかった」

日高はさっきまでずるずると大変情けない装いをしていたのに芋虫スーツをするっと脱いでしまうとしゃきっとした顔で台所に立った。そうして牛乳にインスタントコーヒーを入れて、それをレンジで温める。五島は日高にカフェオレとはなんたるかと問いただしたくなった。あれではコーヒー牛乳ですらない。牛乳コーヒーだ。まぁいいかと五島はレンジがチンとなるまでご機嫌ナナメの猫をかまう。かわいそうに、日高につかまったせいで機嫌がわるい秋山のような目つきになっている。

日高がことんとマグカップをテーブルに置くと、五島はそれをするするとすすった。あったかかった。あたりまえなのだけれどそういえばこんなにやさしい暖かさのものを五島は久しく飲んでいなかった。

「で?なぐさめるけど?」
「そのうえから目線むかつく」
「そんなん言うなら慰めてやんねーぞ」
「僕は慰めたけど」
「しょうがねーゴッティーだなっ」

日高もちょっとぬるくなった甘ったるいカフェオレを飲んで、一息ついた。最近ずっと頭をつかっているらしい日高はちょっとだけ大人びて見えた。ちょっとだけだ。

「日高、僕日高のこと好きだよ」

日高はそれを聞いて、ちょっと考えてから、「うん」と言った。

「日高のこと嫌いだよ」
「うん」
「弁財さんのことも、嫌い」
「…うん」
「このふたりだけが、嫌いなんだ」
「…そう、か」
「今日だけきっとつらい」
「…弁財さんとなんかあった?」
「なんにもないよ。今日は」
「前はなんかあった?」
「した」
「俺に話せる?」
「話さない」
「…これ、俺で慰められる?」
「これっぽっちも」
「じゃあなんで慰めてほしいなんて言ったんだよ」
「気分」
「…ならいい」
「いいの?」
「いいよ」

ちょっとばかし寒い部屋の中に、二人の途切れ途切れの会話だけがぽつりぽつりと降り積もった。それは消えそうで消えてくれなくて、二人をどんどん無口にさせた。もしも、もしも、と五島は過去を数えていく。もしもいつか、誰かがいなくなったりなんかしなかったら、もしも、そのとき日高がやけにならなかったら、もしも、五島が変な誘いをしなかったら、もしも、もしも、もしも、と重ねて、そうして、五島はその「もしも」を一つずつ消去していった。そうして、最後に「もしも僕が日高を好きにならなかったら」を消去して、「もしも僕が弁財さんを好きにならなかったら」も消去した。全部消してしまってから、五島はほとんど牛乳のそれを、飲み干した。

「日高、僕さ、日高に返さないといけないものがある」
「なに?」
「目ぇ閉じて」
「…変なことすんなよ」

日高はそう言いながらも素直にそうした。五島は「変なことするよ」と言ってから、日高にキスをした。少しだけだ。唇が触れて、ちょっとかたちがかわって、そうして、すぐに離れる。五島の影が体から遠ざかると、日高はぼんやりと五島を見た。

「…ゴッティーのくち、あったかい」
「あったかいもの飲んでたからね」
「前は冷たかった」
「僕体温低いから」
「…なにこれ」
「あとでわかる」
「…へんなの」
「照れる?」
「…なんか、どうもしない」
「最低だね」

五島がそう言ったとき、日高はちょっと泣きそうな顔になって、「…ずっと、その言葉がほしかったのかもしれない」と言った。五島は「ずっとあげないでとっておいた言葉だもの」と笑った。そうして、カップをシンクにもっていって、そのまま、部屋を出ていこうとした。

「どこいくの」
「慰めてもらいにいくの」
「…布施のとこ?」
「…さあ」
「そういうの、もうやめろよ」
「…うん、今日で最後だよ、きっと」

五島はこれからどうするとも、どうしたいとも言わなかった。どうなるのかも、どうしたいのかも、わからなかったからだと、日高は思った。けれどきっとこれで一区切りがついたのだと、思った。だからきっと悪いほうにはいかない。もう寒いほうになんか、いかない。


END


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