加茂と道明寺





「最近さぁ、なんか弁財の様子がおかしい」

道明寺がそう呟いたときに、加茂はまた鋭いのか鈍いのかわからないようなことを、と溜息をついた。道明寺はさすがに隊長を任されていたことがあるだけあって、時たまするどいことを言う。けれど、今回は少し遅かったなぁとも、加茂は思った。弁財の様子はずっとおかしかった。体調不良で休暇を取得する前から、すこしずつおかしかった。それを加茂がくちにしなかったのはひとえに道明寺を慮ってのことだ。弁財と秋山の件を日高にぽろりとしゃべってしまったのは道明寺だった。それは悪意あってのことではなかった。けれど他人の過去をあれこれと詮索して、それを他人にしゃべってしまうというのはいただけない。かといって、ここは加茂が怒るところでもないだろうと思った。たしなめる程度のことは言わねばいけないだろうけれど、秋山と弁財が怒らないのであれば、加茂に怒る理由はなかった。けれど、弁財が怒るよりずっと面倒くさいことになっているのはわかった。誰だって腹を探られれば痛いのだ。それを道明寺はちゃんと知らなければいけないけれど、自分で気がつかないことを他人に言われたならば、惨めなのは道明寺だ。だから加茂は黙っている。今までは黙っていたけれど、すこしだけ、話す時間が必要なのかもしれないとも思った。だから軽い夜食にとカップケーキを焼いた。それから、少しだけ目が覚めるように苦目のカフェオレもいれる。

「なになに、今日はわりと起きてるんだ。加茂、年だから早寝なのに」
「一言余計だ。お前が話したいことでもあるんじゃないかと思ってだな」
「んーまぁ、少しでよかったけど」
「お前の少しは少しであったためしがない」

考えてみると妙な組み合わせだった。加茂と道明寺はよくよく行動を共にすることが多い。特務隊で伏見を除けば一番年の離れているふたりなのに、そうだった。加茂が面倒を見ているわけではない。生活のほうはそうかもしれないけれど、道明寺はどこか背伸びをした大人だった。けれどたまに背伸びをしすぎて足が震えているときがある。そこで少し休まないか、と声をかけられるのが、加茂だった。加茂にしたって、道明寺になんとなく寄りかかっているところは、ある。最年長だからとしゃちこばってしまう何かを、道明寺がよくよく解いてくれる。道明寺といると饒舌になる。先走ってしまってもいいような気がする。たまにそれでたしなめられることがあるほどだ。けれどそういう気持ちが大切なのだと、加茂は思っていた。だからちょうどいい。世の中にはたくさんことばがあるけれど、「ちょうどいい」という言葉がちょうどいいのが、ふたりだった。少しだけ、依存し合っている。その少しだけ、という重さが心地いい。

「なんかさぁ・・・俺のせいなんじゃねーかなーって」
「・・・どうだろうな」
「うーん・・・うん・・・あんまよくねーことしたかも」
「ああ、しただろうな」

加茂はまだ熱くて舌を火傷しそうなカフェオレのカップを傾けた。夜はブラックは飲まないほうがいい。眠れなくなってしまう。ただでさえ夜は長いのに、それでは何をしていいか、わからなくなるじゃないか。夜は眠らなければいけない。なのに、弁財はあまりよく眠れていないようだった。最近は少し顔色がよくなっていたけれど、今日はまた医務室へ行っていた。きっと今夜も眠れない。

「そういうつもりじゃなかったんだけどさぁ・・・」
「そうだろうな」
「なんかさーへんなんだよなー元ヤンってかっけーじゃんかよーなのになんで隠すんだよーいや隠すのはべつにいいけどさーそんな人に言われてびくつくようなもんかなー」
「道明寺」
「・・・なんだよ・・・これでも悪いと思ってんだからな」
「そうじゃない。そこは評価する。けれど言い訳を他人に押し付けるのはよくない」
「・・・そう、だけど」

きっと道明寺はずっとちゃんとわかっている。わかっているけれど、きっとまだすこし認めるのに時間がかかる。プライドが高いから、そうなのだ。プライドが高いことは悪いことじゃない。プライドを持たない人間は卑屈で人の足ばかりひっぱる。だから道明寺の性格が悪いわけでは、ないのだ。けれどやはり年相応なところがある。それもいけないことじゃない。少しずつ成長していけばいい。下手に大人びるとただのひねくれた大人になる。手の届く範囲の経験をしっかりと積み重ねて、大事に足場を固めていることが大切だった。道明寺はその点頑張っていると少なくとも加茂は思っていた。若くして小隊長をつとめたにしては素直で、そのわりにプライドが高く、けれどどこか幼稚で、少しだけ、他人を気にかけられる。きっと道明寺はまっすぐに生きる才能を持っている。それが加茂は少しだけ眩しいと思っていた。

「道明寺、お前は人を殴ったことがあるか」
「・・・あるだろ、そりゃ」
「任務じゃなく、子供の喧嘩でもなく、ただ少しだけ相手が気に食わなかったという理由で殴ったことは」
「・・・日高、とか」
「そうじゃない。というか日高にはちゃんと謝れ。かわいそうだろう。ただでさえかわいそうなのに。いや話がずれたな。そうだな、その日はじめて会った人を激情やら退屈にまかせて殴ったことはあるかと聞いている」
「・・・ない」
「煙草を吸ったことは」
「ないけど、酒ならある」
「それはどうなんだ。いや、まあ、話がずれる。とにかく、そういうことだ。今俺の話を聞いて、少し嫌な気分になったろう。人間的にどうかしてると思っただろう」
「まぁ・・・見ず知らずの人殴んのはどうかと思う。そういうやつとは仲良くなれねーよ。煙草の煙もくせーからやだ」
「で、お前のしたことというのがだな、秋山と弁財がそういうことをしていたんだというイメージを他人に押し付けることだ。こういうと少し厳しい言い方になるが」
「え、あ、いや、そういうつもりじゃ、なかったんだって・・・」

加茂はまた一口カフェオレを飲んだ。道明寺はそれに口をつけていない。あまり道明寺にこういう厳しいことは言いたくなかった。少し求めることが、大人びているかもしれない。そう思うことが多々ある。そこまでよく考えなくていい。この年で、道明寺はよっぽどよくものを考えている。少なくとも加茂が19歳のときは情けないほどに何も考えていなかった。何も考えずに、ただなんとなく人を殴っていた。そんな記憶がある。それは煙たいような記憶だった。

「そうだなぁ、道明寺、俺はお前を信用して今打ち明けるのだけれど」
「うん」
「俺はどちらかというとそういう部類の人間だったよ」
「え、」

道明寺は一瞬何を言われたのかわからず、ただでさえ大きな目をさらに大きくした。加茂はまた一口カフェオレを飲んだ。道明寺のそれはまだ一口だって減っていない。冷めてしまうだろうに。

「そうだな、なんだか睨まれることが多くて、そのうちに相手にだんだんと腹がたってきて、喧嘩は売られれば買っていたし、売ったこともあった。煙草もすっていた。もう、ずいぶん前にやめたけれど」
「なにそれ」
「俺はお前に軽蔑される部類の人間だったよ。少なくとも、お前の年のくらいまでは確実に」
「嘘だ」
「本当だ」
「秋山と弁財かばってるとかじゃねーの」
「残念ながら。我ながら、どうしようもなく幼稚で、救いようがなかったと思っている。今思い返すとほんとうに情けない。お前くらい真摯に人のことで頭を悩ませたことはなかったし、人を傷つけることにためらいがなかった」

道明寺は返す言葉が見つからないのが、手に持ったきりになっているマグカップに視線を落とした。まるでそこに言うべき言葉が書いてあるとでもいうように。黙ってしまった道明寺にすこしだけ時間をあげようと、加茂はまだ少しあたたかいカップケーキを口にした。ふんわりと甘い。けれど甘すぎない。甘いのはどちらかというと苦手だった。だから少し甘いものを食べるときは苦目のコーヒーを用意する。それでも加茂がよくお菓子をつくるのは、たべてくれる人がいるからだ。お金のためでもなんでもなく、ただ加茂の作ったお菓子を頬張る道明寺の顔が年相応で好ましかった。だから加茂は甘いお菓子を時たま作るのだ。それだけのために。

「加茂」
「うん」
「俺お前のこと好き」
「ああ、だろうな」
「大事なのは今じゃねーの。なんか、すげー安っぽいけど、こう、積み上げてきた過去みたいなのがあって、今の加茂なんだろ」
「・・・そうだな」
「うん・・・弁財とか、秋山とか、あとでちゃんとなんかお詫びみてーなのするわ」
「お前がそうしたいなら、そうすればいいんじゃないか」

真面目な話はここまででいいと思った。道明寺はちゃんとわかっている。それが確かめられて、いい方向へもっていくことはできた。もうそれでいい。加茂はやっと頬を緩めた。それを見て取った道明寺が「ちぇー」と唇を尖らせる。

「なんかつめたくねー?加茂俺のこと嫌いなのー?」
「そんなわけないだろう。嫌いならこんな面倒なことはしないさ。ただただ失望して、こいつには近寄らないほうがいいなと思うだけだ」
「やだ、なにそれ辛い」
「安心しろ。俺はかなりお前のことが好きなんだ、これでも」
「俺も愛してるー」
「知ってる」

道明寺は少し頭の中がすっきりしたのか、ようやくぬるくなってしまったカフェオレに口をつけた。そうしてから、当たり前のようにカップケーキをつまんで口にいれた。「加茂のお菓子ってほんとおいしいよなー」と、年相応に笑いながら。


END


ちなみにこのふたり付き合ってないですよ。
ABだけでなく加茂まで元ヤンだったらという話。
ういひさん、嶺汰さん、さとねさん、瑞穂さんとスカイプで話題になったので。
元ヤンの加茂さん。
煙草は料理人になったときにやめる加茂さん。
素敵なネタをありがとうございました。
このネタでもう少し書くかもしれん。


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