日高と五島




日高が部屋に帰ったとき、そこには当たり前だけれど五島がいた。少しだけ、五島が憎たらしいと思った。けれど、自分と弁財がどこかぎこちなくなったことを五島に押し付けてしまったら、それはとてもいけないような気がして、日高は疲れたように、ソファに寝た。五島は何も言わなかった。猫をじゃらしている。日高には絶対になつかない猫だ。きっとわかりあえない。それは嘘のかたちをしている。

「・・・ゴッティー・・・蓮・・・」
「なにそれ。安っぽい芸人みたいな名前で呼ばないでよ」
「蓮・・・」
「・・・何」

五島は猫が部屋の隅へ走っていったのをみてから、日高が寝転んだソファのしたに座った。日高はきっと真面目な話をしようとしている。日高はいつも五島をふざけた名前で呼んでいたけれど、真面目な話をしようとするときだけは、下の名前で呼び捨てた。

「お前が弁財さんに何したとか何言ったとかもうどうでもいいけどさ、いや、まぁただしくはよくないんだけど」
「うん」
「お前、それで楽しかった?」
「・・・たのしかったよ」

五島は癖のように、口の中で舌を動かした。生暖かい唾液の味が、少しだけする。目を眇めて、思い出そうとしてみたけれど、思い出せなかった。ただ荒い呼吸の音と、少しだけ涙ぐんだ瞳が、五島を射抜いていた。胸の真ん中に近いところを、静かに、深く。それは日高を通してそうされていたし、弁財の目は日高を見つめていた。それだけが憎たらしい。

「うん・・・蓮はさぁ・・・もうすこし素直になるべきなんじゃねーの」
「その言葉、日高に返すけど」
「うん・・・なんかもうわかんない」
「なに、珍しく弱音なんか吐いてさ」
「うん、なんか、つらい。わかんない。全部ゴッティーのせいならいいなって思う」
「僕のせいだよ」
「違う」
「違わない」
「そうじゃないと、思う。ていうか、絶対、そうじゃない」

日高は後悔しているような顔で、声で、そう言った。その言葉だけが五島を傷つける。深く深く、傷つけた。縛られているのは五島だって一緒だ。けれど五島は縛られていることに、少しだけ安心していた。だから、そんな言葉をそんな顔では言ってほしくない。

「…なんか、近づいたつもりでぜんぜん遠かった気がした。あと、俺、多分弁財さんのこと」
「暁」
「・・・なに」
「・・・それ以上言ったら、僕、多分日高のこと殴る」
「なんで」
「嫌いだから」

五島はまた、口をもごつかせた。日高のひみつが、ここにあった。五島だけが知っている。五島だけには、隠すことのできない日高の過去だ。それは日高が弁財のことをどう思っているだとか、そういうところには、ない。ずっとずっと、日高と五島で抱えている。それを告げたとき、弁財はどんな顔をするのだろう。軽蔑するかもしれない。殴るかもしれない。拒絶されるかもしれない。もしかしたらそれすらしてもらえずに、ただひっそりと、日高の前から姿を消してしまうかもしれない。弁財もこんな気持ちなのかなぁと思った。だから怯えて、日高を遠ざけようとして、けれど、それをできないでいる。なんだかもどかしかった。

「ゴッティー」
「なに」
「俺、お前のことたぶん好きだ」
「…うん」
「ゴッティーは?」
「・・・嫌い」

聞きなれた小さな音が、聞こえた。


END



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