秋山と伏見




秋山はそろそろ歯医者に行かなければいけないなぁと一人考え事をしていた。特に歯が痛いとかそういうわけではないのだけれど、少々昔においたをしたツケで定期検診に通わなければ問題が発生する身体になってしまっている。といっても年に二回行くか行かないかだ。虫歯も見つかって一石二鳥なので特に嫌だと思ったことはないけれど、少々格好がつかないなぁと思うことはままある。

「秋山、この書類やっといて」

伏見にそう声をかけられたとき、秋山は休憩中だった。それで、加茂からもらったクッキーをかじっていたのだけれど、急いで口の中をどうにかしようとしたときに、ごりっといやな音がした。秋山はさっと青ざめて口を覆い俯いたのだけれど、伏見はそんな秋山の様子に首を傾げる。

「秋山?」
「っあ、少々、おまち頂いていいですか」

もごもごと口を動かしながらそういう秋山はなんだかとてもあわてているようだった。伏見はどうしたのだろう、面倒だという顔つきになる。幸い休憩中とあってオフィスには人影が少なかった。日高と五島は何か話し込んでいるし、弁財も見当たらない。榎本と布施は巡回中で、道明寺と加茂は席を外しているようだった。けれどこんな格好のつかないことを伏見に話すのもなぁと秋山がうんうん唸っていると、伏見がそろそろイラついたような顔になるので、しかたないかと秋山は抜けてしまったらしい差し歯をティッシュにぺっと吐き出した。伏見は挙動不審な秋山にさらに首を傾げる。秋山はとにかく格好がつかないから、と口元を手で覆って、困ったように笑ってみせた。

「すみません、差し歯が抜けてしまったようで」
「は?あんたその年で差し歯なんかあんのか?」
「はぁ・・・虫歯というわけではなかったんですが・・・その、以前お話した・・・」
「ああ、これだから元ヤンは」

伏見はやっとイライラを収めて、秋山の机に書類をぺっと投げた。秋山はとにかくどこかでマスクを入手できないだろうかとわたわたしているのだが、その慌てように伏見はひとつまた首を傾げる。差し歯程度でそんなに慌てるものだろうか。見えるところならまだしも、と考えてから、ああ、見えるところなのか、と。

「前歯とかお前、相当だな」
「はは・・・」

伏見は一本かそこらだと思ったらしかったが、秋山は上の前歯が三本ほど差し歯だった。一度一人でいるところを狙われててひどくやられたのだ。あの時はほんとうに死ぬかと思ったが結局弁財が助けにきてくれて、どうにかなった。学校のない夏休みの期間だったのがせめてもの救いだったが、あのときの痛みはさすがに今思い出しても背筋が冷たくなる。

「伏見さん、申し訳ないんですが、マスクとか持ってないですか」
「あーいや、ないけど。まだ休憩時間中だろ。コンビニ行ってくれば。書類とかあとでもいいし」

あとでもいい、という伏見の台詞に秋山は少なからず驚いてから、「あ、ではそうします」と。口を開かないようにすればまぁバレないので、とにかくコンビニまでは黙っていよう。面倒な人に声をかけられないことを祈りながら、秋山はオフィスを後にした。

そうだ、秋山と弁財はとにかく二人だった。きっと二人でいなければいけなかった。どちらが裏切っただとか、そういうわけでもないのに、秋山はなんだか弁財を裏切ったような気分になってしまった。弁財が感じた恐怖や、痛みは、どんなにかひどかっただろうと考えてると、感傷的な気分になってしまう。もう、どうしようもないことかもしれないけれど。


END



ういひさんからネタいただきました。
元ヤン秋山は前歯三本差し歯。

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