日高と五島




「なんかゴッティー弁財さんの匂いする」

オフィスに戻ってきた五島の襟のあたりにすんすんと鼻を近づけて日高がそんなことを言った。五島は犬並の嗅覚だなぁと思いつつ、「ああ、さっき資料室で会ったから」と嘘ではないけれどほとんど嘘のようなことを言った。

「弁財さん具合悪かったらしくて、医務室まで連れてったからそのせいじゃない?」
「は?まじで?」
「ちょっとらしいから、少し休んだら戻ってくると思うよ」
「・・・ふーん・・・」

日高はなんだか腑に落ちないような顔になったけれど、弁財への心配のほうがまさるのか、特に五島を追求するようなことはしなかった。五島は舌に残る感触を確かめて、少しだけ楽しくなる。それを見てから、日高は眼光を少しだけ鋭くした。五島くらいにしか見せない顔だ。

「・・・なんか」
「うん?」
「・・・なんかゴッティー嘘ついてんだろ」

日高にしては鋭いなぁと五島は少し感心してしまった。けれど正しくは嘘はついていないのだ。弁財はたしかに今医務室で休んでいるし、そこへ連れていったのも五島だった。弁財はさんざん嫌がったのだけれど、流石に指先の痺れやら血の気の引いた顔をどうにかしないことには仕事に戻れない。身体も随分重たいらしく、五島が肩を貸した。一人では歩けないことが随分悔しかったようで、かなり抵抗されたけれど。

「なんでそう思うのさ」
「ゴッティーさ、嘘つくときクセあんだよ。口ん中で舌動かすの」
「・・・嘘はついてないよ」
「じゃーなんか隠してる」
「人なんて隠し事ばっかじゃないの」

五島は別に日高に嘘を見抜かれるのはよかった。けれどそれが弁財絡みだというのがどうにも気に食わない。きっと日高は五島ではなくまっすぐに、五島の向こう側にいる弁財のことを見ているのだとわかってしまったから。日高だけはあげたくないんだけどなぁと思う。それとおんなじくらい、日高とだけはくっついてほしくないと思っていた。今でさえ日高は弁財のことしか見えていない。ずっと前にこんなことがあった。そのとき日高が見ていた人はもうここにはいなくなってしまったけれど。そのときの日高の落ち込みようは見ていられなかったのだ。今でこそこうして元の、正しくは違うけれど、以前のように屈託なく笑う日高に持ち直したけれど、もうあんなのは見たくないし、その前に自分がおざなりにされているような気がしていけなかった。ずっと一緒にいるのに、きっと多分一番遠いところにいる。そうなってしまった。五島はいつも日高が眩しいと思っていた。それはそれ以外の感情を置いておいて、そうなのだ。日高は眩しい。

「人なんて、隠し事ばっかだよ。日高だって、隠し事たくさんある」
「…お前ほどじゃない」
「そうだね。でも、僕より弁財さんのがおっきい隠し事、してるんじゃないの」
「・・・なんだよそれ」
「別に。ただ、僕そういうのわかっちゃうから。日高も弁財さんにおっきい隠し事してる」
「なに・・・」
「僕、隠し事得意だから、隠し事してる人見分けるのも得意なの、なんてね」
「おい」

日高の目が洒落にならないところまで引き絞られたのを見て、五島は肩をすくめてみせた。

「やだ、そんな怖い顔しないでよ。僕ただでさえトモダチ少ないんだからさ。前に言ったじゃん。僕、これでも日高のことわりと好きなんだよ」

好きなんだ、ともう一度だけ口のなかで呟いて、だから、別に弁財さんに日高の隠し事告げ口する気もないから安心しなよ、と五島は笑った。日高は大人気ないことをしたと思ったのか、少しだけ肩の力を抜いて、つめていた息を吐き出した。それから、少しだけ静かな目になった。五島は少しだけしまったという顔になる。こういう目をしているときの日高はからかわないほうがいい。ほんとうに、怖いことになる。

「ゴッティーはさ」
「・・・なにさ」
「ゴッティーは、どうしたいんだよ。どうなりてーの。俺、ゴッティーのそういうとこはほんとわかんない。こうなりたいとかああなりたいとか、こうしたいとかそういうのから全部目ぇそらして、見えないフリしてさぁ。それって楽しいのかよ」

最近なんだか日高と真面目な話ばかりするような気がする。ほんとうは、こうなりたいわけじゃないのに。そんなことを思いながら、五島は一つだけ溜息をついて、疲れたように笑った。

「僕、日高のそういうとこ、嫌い」


END


自分のこと棚にあげてそんなこと言っちゃうんだもん

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