五島と日高




「ね、日高さ、昨日どこ行ってたの?」

昼休みになって五島がいたずらっぽく笑いながら、日高にそう尋ねた。五島はほんとうのところ、昨日出かけてなどいなかったのだ。日高は弁財が気を遣うだろうとちょっとした嘘をついていたのだけれど、そういえば五島には特になにも言っていなかった。別に外泊なんて榎本や布施の部屋でよくするし、飲みに行って帰りが朝、というのもままあった。けれどどうにも、五島は鼻がきくらしい。甘いような、酸っぱいような匂いを嗅ぎつけたのだろう、逃がしてくれそうには、なかった。

「秋山さんと弁財さんの部屋、泊まってた」
「へぇ、なんで。めずらしい」
「うん、昨日秋山さん、夜勤だったろ。で、弁財さん、体調崩して休んでるだろ?それで、俺が暇だったから、秋山さんに弁財さんについててくれないかって言われてさ。俺も心配だったし」
「ふぅん・・・なんかさ、最近日高、弁財さんと仲いいよね」

五島にそう指摘されて、日高は「うーん」と少し、考えた。たしかによく話すかもしれないし、昨日だって、なんだか、ずっと距離が近く感じられた。けれど、それはなんだか日高の方から一方的に近づいていってしまっているような気がして、ならなかった。弁財はきっと今弱っているから日高みたいな無粋な輩をやすやすと近づけてしまっているような気がする。それを仲がいいと言ってしまって、いいのか、少し悩ましかった。そして、五島になんだか違うことを指摘されいるようでもあって、こわかった。

「へんなの。日高、普段なら普通にうんって答えるくせに」
「だって、一応立場上の人だし、同年代でもないし・・・なんか、俺はわりと弁財さんと一緒にいると・・・楽しい、けど、弁財さんがどう思ってるかなんてわかんねーし」
「そう。日高馬鹿なんだから、そんな難しいこと考えてると頭爆発するよ」
「しねーよ!」

くすくすとからかう五島を小突いてから、日高はなんだか胸の中にもやもやしたものがあるのに気がついた。それはまだかたちをつくっていないけれどたしかにあって、不安に似た装いをしている。首の後ろがちりちりするようで、なんだか落ち着かない。それがどこからくるものなのかはわからなかったけれど、多分、弁財が口を閉ざしている部分に関係があるのではないかとは、思う。高いところから落っこちて脚を骨折するより、ずっと痛いなにかを、弁財はひとりで抱え込んでいる。それが、なんだかとても寂しいような、どうにかしたいような、いてもたってもいられないような気持ちにさせてくる。

「なに考えてるのさ」
「うーん・・・弁財さん大丈夫かなって・・・」
「なに、そんなに具合悪そうだったの?」
「まぁ・・・うん・・・昨日はわりと、よく寝れてたみたいだけど・・・」
「ていうか、弁財さんってなんで休んでるの。病気って聞いたけど」
「ああ、うん、そんなかんじ」
「日高ってさ、嘘つけないよね」
「え、」
「そんなかんじってことは病気じゃないんだけどって言ってるようなもんだよ」

日高はああ、と溜息をついた。けれど五島はここで「ほんとうはなんなのさ」と聞いてくるような人でもなかった。「まぁいいけど」と適当に流してしまう。これが日高だったら「なんで?」「どうして?」「ホントはなんなの?」と首をかしげているところだ。五島はほんとうに色々なことに興味がない。なんで日高は五島のような男となんだかんだ仲良くしているのか、不思議だった。けれどずっと一緒にいないといけないような気もする。それは罪悪感のようなかたちをして、日高を縛りとめていた。

「なあゴッティー」
「なにさ」
「俺とゴッティー、仲いいのかな」
「たぶんね」
「なんかさ、俺とゴッティーが仲いいのって、わりと、俺とエノとかが仲いいのと、なんか違うよな」
「なにそれ」
「なんか、変。よくわかんない。俺ゴッティーといて楽しいとか特に思ったことないし、なんか、ちがうんだ。こういうこと、俺が言うのもあれなんだけど」
「僕もそうだけど」
「なんで俺ら、一緒にいんだろ」

日高がそう言うと、日高よりもずっと色々と考えているらしい五島は、なんだか面白いことでも聞いたように、くすくすと笑った。そうしてから、五島は「日高も大人になったんだね」と言う。舌が動いていた。

「なにそれ。俺ゴッティーが何考えてんのかまじでわかんないときある」
「大丈夫、僕もそうだから。そう、日高は、人間関係になんで、とか、どうして、とか持ち込まない人間だと思ってたけど。そういうもんじゃ、ないでしょ、日高の中では。なんかあったの?」

日高の中では、という言葉が、なんとなく耳に残った。それはまるで、五島は違うとでも言いたげだったものだから。けれど、そう切り返すのもなんだか面倒だったので、日高は「まぁ、なんか、なんとなく」と曖昧に返す。そうしてから、五島の言葉が、なんだか自分にそぐわないような、自分が思っている自分とすこし違うような、そんな気がして、むず痒かった。なんで一緒にいるかというと、それは楽しいからだ。楽しいし、気が楽だし、ひとりでいるよりずっといい。だから、誰かを選んで、選ばれて、そうして、一緒にいるものだと、思っていた。他人からみたら日高の考え方は打算なんてものが含まれていないように思えるかもしれないけれど、日高は逆を返せば合わないと思った人物には近づかないのだ。どこかで何かが噛み合っていないと、一定の距離から絶対に近づこうとしない。だから、秋山にはあまり近づかない。ああいう自分の周りに白線でラインを引いているような人間は、苦手だった。あまり好ましいとは、思わない。五島だってそうだった。なのに、なんだかんだ仲良くなって、憎まれ口を叩きながらもうまくやっている。きっとうまくやっていけている。日高はうんうんと唸った。

「だから、頭爆発するよ?」
「だから、しねーよ!」
「まぁ、多分弁財さん絡みでなんかあったんでしょ。ていうかね、僕に言わせてみれば、日高と弁財さんが仲良くなるって、異常なことだと思うんだよね」
「なんでさ」
「だって、日高、秋山さん苦手でしょ」

五島に痛いところをつかれて、日高はどうしたものかと一瞬押し黙った。けれど、まぁ隠すこともないだろうと、頷いて見せる。

「・・・うん」
「秋山さんと弁財さんって、タイプ似てると思わないの」
「・・・思う。なんか、他人を寄せ付けないかんじが、似てる。一番以外はいらないと思ってそう。わりと、道明寺さんとか加茂さんといるように見えるけど、なんか、一定のとこ以上は踏み込んでないと、思う」
「そう。日高が一番苦手なタイプじゃん、そういう人。僕もだけど」
「うん、だから俺、なんでゴッティーと仲いいのかなって」
「なんで日高はさ、その考えで自分がなんで弁財さんに近づこうと思ってるのかってこと考えないの?馬鹿なの?」

そう言われて、日高は「え?」と変な顔になる。

「だって、弁財さんは、弁財さんだろ」

それを聞いて、五島はなんだか呆れたような、これだから日高は、という顔になった。

「僕、日高のそういうとこわりと好きだけど、わりと嫌い」
「なにそれ」
「だって、そういう言葉、僕にはくれないのに弁財さんには簡単にあげちゃうんだもん」
「え、だってゴッティーはゴッティーだし、…何考えてるかわかんないし」
「なにそれ。じゃあ日高は弁財さんの考えてること、わかるんだ?」

そう言われて、日高はまた困ったような顔になった。わかりそうで、わからなかったからだ。弁財が何を考えているかなんてわからない。理解したいとは思うけれど、それはどうしたって誤差が生じる。だから日高は極力言葉にして伝えてもらいたいのに、弁財はなかなかそういうことが得意ではないようで、なんだか齟齬が生じているような気が、しなくもない。それでも一緒にいたいと、なんとなく思ってしまっているのは日高だけなような気がしていけなかった。弁財がほんとうのところどう思っているのがわからなくて、それが不安で不安で仕方がない。

「そんな泣きそうな顔しないでよ。ていうか、日高が仲良くなれるなら僕も弁財さんと仲良くなりたいなー」
「なんで」
「なになに、そんな怖い顔しないでよ。僕わりと、弁財さんみたいなタイプの人とは相性いいんだけど」
「じゃあ秋山さんと仲良くしてればいいだろ」
「秋山さんは無理。僕あの人苦手」
「じゃあ弁財さんだって」
「だって、弁財さんは弁財さんでしょ」

日高は自分が言っていたことと同じことを返されて、なんだか言葉につまってしまった。五島はそれを面白そうに見ている。日高は五島のこういう人を小馬鹿にしたような言動があまり好きではなかった。

「俺、ゴッティーのこういうとこまじで嫌いなんだけど」

そう日高が言うと、五島は「日高って、僕にはわりと嫌いとか、しねばいいとか、そういうこというよね」と、目を細める。

「だってゴッティーだし」
「ほかのひとにはそういう言葉、使わないでしょ」
「まあ・・・」
「こういうのもね、一つの関係だと、僕は思うよ」

日高は首を傾げてしまう。五島はなんだか、難しいことを簡単に話そうとしているような顔をした。ほんとうはずっとずっと簡単なことのはずなのに、なんだかいろんなものが絡まって、もつれて、ぐちゃぐちゃと難しくなってしまったものを、ゆっくりとほぐすように、口を開く。

「日高は僕のこと、唯一傷つけてもいい人間だと思ってるし、僕も、日高のこと、そう思ってる。僕ねえ、日高以外には温厚な人で通ってるの。でもなんかね、日高みたいな人間ってほんと見ててイライラしてくるんだよね。理屈じゃなくて、本能みたいなとこで行動するひと。ほんと、無理。でも、日高はわりと、好きなんだ。なんでか知らないけど」
「俺ゴッティーのそういうとこ嫌い。…よくわかんない、まじで」
「うん、それでいいんだと思うよ。いろいろ、関係があるんじゃないかな。まぁ、日高は馬鹿だからわかんないと思うけど」

それだけ言うと、五島は「あ、昼休み、もう終わるね」と言って、オフィスの方へ戻っていってしまった。日高はなんとなくぼんやりとしてしまって、もう少し、時間をかけてゆっくり消化しないといけないとおもった。時計を見て、そろそろ弁財は起きただろうかと思ってみたり、メモは見てくれただろうか、と思ってみたり、なにかしら連絡を入れてみようかと思ってみたりしたけれど、結局思うばかりだった。なんだか、不用意に近づいてしまえばお互いが傷つくような、弁財を傷つけてしまうような、そんな気がした。日高にとって五島がわりと傷つけていい人であるとするならば、弁財はその逆のところに立っていた。なにがあってもあの人だけは傷つけたくないなぁと、思うのだ。そうするとなんだか、何もできなくなってしまって、らしくない、と思った。どうして傷つけたくないのか、どうして近づきたいと思うのか、どうして、を重ねるたびに、なんだかいけない方向へ足が進んでしまっているような気がして、こわくなる。いつもならそんなの知ったことか、と自分を押し付けてしまうのだけれど、どうして、弁財にはそれができなかった。日高はまだぐちゃぐちゃに絡まっている。そのぐちゃぐちゃのなかに弁財を巻きいれてしまうのは、だめだと思った。どうしてか。また、「どうして」がひとつ、降り積もる。昼休みがもう、終わろうとしていた。


END

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