同じように聴こえていますか




※ツイッターの診断メーカーからいただいたお題で「自室で目を閉じて愛を囁く日弁」




「今晩、秋山は遅番だから部屋にいないんだ」

定時前になってぽつりと弁財がそう言ったとき、日高は「へぇ、そうなんですか」とだけ答えた。べつに他意があってそうしたわけではなかった。とくに深い意味のない会話だと思っていたので、そうしてしまったのだ。けれどそう答えたときの弁財の反応がなんだか妙で、日高は首をかしげてしまう。まるで自信のあった教科のテストで赤点を取ったような、そんな面持ちをしている。だから日高はない頭をどうにかこうにか働かせなければいけなかった。そうして、ぐちゃぐちゃ考えてから、やっと「あ」と間抜けな声をあげた。

「え、と!!すみません!!気づかなくて!!俺ほんとうに馬鹿で!!」
「…なにがだ。お前が馬鹿なのは前からだろう」
「え、あ、そうなんですけど!!そうなんですけど!!」

なんだか弁財はむっとしたような、恥ずかしいような表情をしていた。いつも誘うのは日高ばかりだから失念してしまっていたのだ。さっきの言葉は弁財なりの精一杯だったのだ、と日高は泣きたくなった。どうしようどうしようと青ざめたり、喜びにうち震えたりしていると、ころころかわる日高の顔がおかしかったのか、弁財はたまらず吹き出した。

「お前はほんとうに見ていてあきない」
「それ、誉めてるんですか?」
「貶しているんだよ」
「俺、弁財さんがなに考えてるのかわからなくなることあります」
「奇遇だな。俺もだよ」
「でも、今晩は弁財さんの部屋、いきます」
「日高、言葉のキャッチボールって言葉、知ってるか?」

なんだか前後の成り立たないような会話なのだけれど、弁財の耳は茹でたように赤らんでいた。日高はそれをめざとくみつけて、けれど、口に出すことはしなかった。言ってしまったらもったいないと思ったからだ。なんとなく、自分の心にだけ留めおきたいと思った。日高は弁財のからだのどこだって好きだったのだけれど、なかでもいっとう、耳が好きだった。それはとても複雑なかたちをしていて、どうして神様は弁財にそんなにうつくしい耳を授けたのか、ほんとうに不思議だった。肌の色をして、けれど頬とは少し違う、つるりとした質感でもって、顔の両脇についている。さらりと流れる髪の隙間から覗くそれは、完璧なようで、不完全なかたちをしていた。たよりない薄さで、柔らかな膨らみをもっている、それ。ふとしたときに日高はその耳を盗み見るのだけれど、見るたびにつやつやとしていて、引き込まれるようだった。そんなうつくしい耳で掬い上げる音や、声や、空気はどんなにか煌めいているのだろうと、そう思う。

仕事が終わり、一度自分の部屋に戻った日高は、仕事場から着ていたヴィンテージのジーンズを、ゆったりとしたスラックスにはきかえた。上はありきたりなパーカーを着て、リラックスできるような服装になる。そうしてから、慣れない手つきで、弁財の部屋のインターホンを押した。そうするとすぐに扉が開いて、弁財が顔をだす。弁財も少し毛玉の浮き始めたセーターを着ていた。そのほどけたような服装が、好ましかった。ふたりの距離感が計れるような気がして、日高はなんだか嬉しくなる。

「なんだ、気持ち悪い顔になってるぞ」
「ひどい!!」
「入るならさっさと入ったらどうなんだ」

そんなことを言う弁財の耳は、やはりうっすらと上気していて、それがほんとうのなにかだった。日高はちゃんとわかっているし、弁財だってそうだった。

秋山と弁財の部屋はいつもすっきりと片付いている。書籍はまるで書店に置いてあるような顔をして本棚に収まっているし、床は素足で歩いても嫌な気分にならない程度にいつも埃をはらってあった。シンプルで飾り気のないインテリアが多かったが、きっちりと揃えられたそれらが統一感というものを作り出していて、なんだか都会的な雰囲気を漂わせている。モデルルームのような部屋だ、と日高はいつも思う。

秋山も使っている場所にいるのはなんだか座りが悪かったので、弁財は日高を自分の寝室へ招き入れた。他意はなかったのだけれど、日高がそわそわしてしまい、弁財は嘆息してしまう。弁財の寝室には黒のローテーブルや小さなラックもあって、寝る以外にも色々と活用していたのだったが、やはりベッドがあると意識してしまうのだろう。

「ココアでいいか」
「え、あ、はい」
「そう落ち込んだ顔をするな。時間なんて、たっぷりあるんだから」
「べつに落ち込んでなんか!」
「とりあえず、ズボンのポケットからはみ出してるものはちゃんとしまっておいてくれるか」
「え、あ、嘘!」
「冗談だ」

ポケットにはちゃんとそういうものがはいっていたので、日高は動揺を隠せない。弁財はわかっていてそれをからかったのだ。顔から火のでる思いがしたが、キッチンへ向かう弁財の耳も赤らんでいた。ちゃんと繋がっているのだなぁと思った。なにが、なのかはわからない。けれど、どこかちぐはぐなくせに、ぴたりと重なりあい、繋がりあい、寄り添うようにしているそれが、とても嬉しかった。

弁財の作ったココアは、ほっとする温かさでもってからだの中に吸い込まれていった。適当で、どうでもよくて、ぽつりぽつりとする会話ばかりが部屋の中に降り注ぐ。そういう時間が日高は大好きだった。それは多分弁財も同じで、そこもぴったりと重なりあっている。かけがえのないことが、日常の色をして、音をして、そこにあった。

「…弁財さんの耳って綺麗っすよね」
「は?」
「俺、すごく好きなんです」
「そうか?」
「そうです。弁財さんの綺麗な耳で聴く音は俺が聴く音よりずっと綺麗なんだろうなぁっていつも思うんすよ」
「なんだそれは。かわらないだろう」
「ほら、そうやって照れたときにすぐ赤くなるのも耳なんですよね」
「照れてない。ココアが熱いからだ」
「はは、そうっすね」
「馬鹿にしただろう」
「してないですよ!!」

ほんとうに綺麗だなぁと、日高はまじまじとそれを見た。じりじりと焦げるようなそれを受けて、弁財は産毛の数まで数えられているのではないかと恥ずかしくなり、それを手で覆ってしまった。

「あ、ちょっと」
「お前はなんなんだ!!」
「だって、ほんとうに見ていて飽きないんですもん」
「ああ、もう、勘弁してくれ…」

弁財は耳だけでなく顔まで真っ赤にして、小さくなってしまった。ぎゅっと瞼を閉じて、膝を折り曲げ、耳を庇っている。怖がる仕草に似たそれが、どうにもいとおしくてたまらなかった。だから日高はその耳にかかった手を掴んで、そうして「目は閉じたままでいてください」と。弁財はキスでもされるのかと身構えるのだが、違ったらしい。耳のあたりに吐息を感じて、思わずどきりとしてしまった。

「大好きです。ほんとうに。どうしていいかわかんないくらい」

弁財は驚いて瞼を持ち上げ、日高を見た。そうすると日高の顔は真っ赤になっていて、弁財も赤面してしまった。

「え、と、耳、が、綺麗だから、それで、どんなふうに聞こえるんだろうって、だから、その」

わたわたとあわてふためく日高の耳も赤くなっていた。どういうふうに聞こえるのだろうと言われても、どう説明していいかわからなかった。言い訳のようで、ほんとうのようなそれに、弁財はたっぷり時間を消費してから「目、閉じろ」と返した。そうして日高が言われるがまま目を閉じると、その耳に唇を寄せて、「言わなくてもわかっているだろ」と。日高は「え」と目を開ける。するとそれが精一杯なのだと、わかった。耳が燃えているのではないかというほど、赤かったものだから。

ぴったりと重なっている。同じ色をして、音をして、ふたりの気持ちは、ここにある。


END




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