二百二十八日目






キセキの面々は雨の中、小さな隠れ家的な喫茶店で昼食をとり、そのデザートにザッハトルテを頼んだ。ザッハトルテは本場を知らない面々でさえおいしいと思えるもので、全員が全員満足したようだった。

「さて、このあとどうしようか」

赤司が食後のコーヒーを飲みながらそう言うと、黄瀬がそういえば、と財布をごそごそとあさり出した。黄瀬が取り出したのは「団体様割引チケット」と書かれた美術館のチケットだった。

「これ、こないだ撮影で使った時にもらったんすよね。この近くだし、今なんかの展示会やってるみたいなんで行ってみないっすか?」

その提案に赤司と黒子と緑間は「いいね」という顔をしたのだけれど、青峰と紫原は「興味がない」という顔になった。しかしながらまぁみんな行くなら、という雰囲気でもある。紫原が携帯で調べてみると、現在はアルフォンス・ミュシャ展をしているらしい。ミュシャはアールヌーボーを代表するグラフィックデザイナーで、広告などを多く手掛けている。そのあたりふつうの美術展よりは一般人でも興味が持てるだろう。

六人は喫茶店を出ると、黄瀬が持っていたチケットの美術館へと向かった。美術展はそれほど混雑しておらず、少し話しただけで叱られそうな雰囲気に満ちていた。青峰は肩が凝りそうだ、といやな顔をしたが、ここまでついてきたのだから仕方がない、とあきらめた風に入館料800円を支払った。通常だと1000円なのだから割安である。

「なんかセンス磨くのにいいっすよってマネージャーがくれたんすよねー」
「僕はもとからミュシャの絵は好きですよ。女性がきれいに描かれてて」
「美術品というのは見ていて心が落ち着くから僕は好きかな」
「んー調べたかんじの雰囲気は好きかも。なんか思ってたより芸術!って感じがしなくて。いや悪い意味じゃないんだけどね。一般人にはわかんないのとかあるじゃん。ピカソとかそこらへん」
「女がエロけりゃなんだっていい」
「最低なのだよ。少しは他のことにも興味を持ったらどうだ。この曲線の美学が貴様にはわからんのか」

六人ははじめ固まって絵画を眺めていたのだけれど、だんだんと観る速度でばらけていってしまった。赤司と緑間はじっくり眺めたいのか後方へズレていったし、黒子と黄瀬はそれなりに観ているため真ん中らへんへ、青峰と紫原は興味があまりないせいもあってか観るスピードが速く、さっさと回ってしまっていた。

「こうして見てみると広告も一種の芸術なのだよ」
「ミュシャは広告も手広く扱っていたからね。それにしても実物を間近で見られるというのはなかなかいい体験だ。資料で観るのとでは全く違った趣がある」
「そうだな」

赤司と緑間はミュシャのプロフィールやら絵の意味まで知っているらしく、なかなかに脚を進めようとしない。後ろから入ってきた人々にも抜かされる始末だ。

「なんか綺麗っすよねー色使いとか」
「そうですね。僕はあまりこういうのに詳しくはないんですが、四季を現した四枚の絵には惹かれるものを感じます」

黒子と黄瀬はそれなりのペースで絵画を観ていき、あそこがきれいだ、だとか、センスがどうの、だとかそういった話をしている。人の流れにうまく乗って歩いている、という調子だ。

「なぁ、あの絵、見えそうで見えねーのなんかムズムズする」
「そうだねー。裸婦画とかもっとあればいいのにねー」

青峰と紫原はそんな罰当たりなことをほざきながらさっさと歩いて出口方向へ。一応入館料分、と一枚一枚の前で足は止めているのだけれどそれもほんの少しの間だ。もったいないことこの上ない。

結局、出口付近のロビーで青峰と紫原は時間をつぶし、それに黄瀬と黒子が合流し、最後の最後に赤司と緑間が合流して美術館を出た。

「いやーよかったっすねーたまにはこんなのも」
「そうか?なんか眠くなって終わっちまったかんじだけどよ」
「貴様は芸術のげの字も解していないからな。俺は有意義な時間を過ごせたのだよ」
「んーまぁまぁかなー。デザインは嫌いじゃなかったけど、美術館とかしばらくはこなくていいってかんじー」
「僕はそれなりに楽しかったですよ。今度はミュシャのプロフィールもちゃんと調べて、絵の意味を考えながら観たいです」
「なんだ、それなら解説できたのに。お前たちは歩くのが早すぎる」

それぞれがそれぞれの感想を抱きながら、雨だから、と家路についた。まだ昼下がりだというのに、今日の夕飯はなんだろう、なんて、芸術とは無縁のことを考えながら。


END


リクエストいただいてた「キセキで美術館(もしくは博物館)に行く話」でした。
リクエストありがとうございました。

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