二百二十一日目






赤司不在の部活を終えると、キセキの面々は寄り道をしないで家路へとついた。家に帰ると家はしんとしており、赤司は自室で横になっているようだった。今日の夕飯の当番は紫原だったので、紫原はさっさとキッチンへ立ち、適当に夕飯を作りはじめる。偏頭痛は吐き気を伴うこともあるので、今晩の夕食は湯豆腐がメインらしい。赤司の好物だ。

夕食が出来上がると、あまり大人数で行ってもアレだから、と、代表者をじゃんけんで決めた。じゃんけんに負けたのは黒子で、黒子が赤司の部屋へ夕食を届けることになった。黒子が赤司の部屋をノックすると、中から「どうぞ」という声が聞こえてくる。少し寝ていたのか、寝起きのような声だった。黒子が「失礼します」と中に入ると、赤司がベッドに腰掛けるところだった。黒子は「辛いなら寝たままでもいいんですよ」と声をかけるが、赤司は「もうだいぶ楽になったから平気だ」と。

「なんなら夕食もみんなと一緒で大丈夫だったんだが」
「そうは言っても心配ですから」
「心配、か。ここのところ体調が悪くて心配ばかりされている気分だ」
「ええ、していますよ。赤司君、何も言ってくれないことが多いので」
「それは申し訳ないな」

赤司はベッドから立ち上がると、ローテーブルのところに座った。本当に身体の方はもう随分いいらしい。黒子も夕食はローテーブルに置く。夕食を持ってきただけだとアレだから、と、黒子は自分もローテーブルのところに座った。赤司は黒子に「もう夕飯は済ませたのかい?」と尋ねる。黒子はまだだったけれど、いらぬ気を使わせるのもなんだと思い、「ええ」と答えた。

「嘘はいけないな」
「…赤司君はなんでもお見通しですね」
「なんでもではないさ。お前たちが帰ってきてからの時間を考えればすぐにわかる」
「つまらない嘘をつきました。すみません」
「食器くらいはもっていけるさ。早く夕飯を食べてきたらどうだ。冷めるぞ」
「僕がいたら邪魔ですか?」
「いや、そういうわけではないんだが」
「じゃあ、少しだけここにいます」
「そう」

赤司は食べないのもなんだから、と温かい湯豆腐を箸ですくって口に入れた。食べている時の赤司は本当に品がある、と黒子は思った。いつも赤司は丁寧に、何か高級なものを食べているかのようにものを口へ運ぶ。男ですら見惚れることがあるくらいそれは様になっていた。黒子が赤司をじっと見ていると、赤司は「食べづらいな」と苦笑した。

「すみません」
「いや、いいんだ」
「赤司君が食べる姿は本当に気品というか、そういうものがあるなあとしみじみ思いまして」
「そうかい?そうだね、昔からそういったしつけは厳しくされていたからかもしれない」
「そうなんですか」
「まぁ、一通りのテーブルマナーは」
「僕はそういったこととは縁がないのでわかりませんが、大変だったでしょう」
「大変、と感じたことはないな。それが当たり前だったし、当たり前にできてしまったものだから」

黒子はそれを聞いて少しだけ寂しい気持ちになった。なんでも当たり前にできる、というのはどういう感覚なのだろう。黒子はどちらかというと努力型なので、はじめからある程度こなせる、という感覚がわからない。逆に赤司ははじめからできてしまうものだから、できない、という感覚がわからないのだろう。そこに大きな軋轢を感じたし、分かり合えないことが多いのだとも感じた。寂しさの理由はそれらしかった。黒子は「赤司君は、」と言いかけて、ちょっと口を閉じた。赤司は「なんだい」と首を傾げる。黒子は仕切りなおしてから、「赤司君は寂しくないんですか」と尋ねた。本当は危うく「寂しい人ですね」と言うところだった。

「僕は寂しくなんてないけれど、僕の人生は傍から見たら寂しいものかもしれない」

黒子は言わんとしたことを言いあてられて、ぎくりとした。赤司は「かまわないよ」と、それすら見透かしたように黒子に少し笑って見せる。勝利に彩られた彼の人生が、どうしてこんなにも寂しく思えるのか、黒子にも不思議だった。黒子の人生は挫折ばかりだったけれど、いつも寂しいと思うことはなかった。ひとりになりたいと思っても、ほんとうにたった一人になったことはなかった。けれどこの赤司は、ずっと一人だ。負けた赤司は違う方の赤司だ。この赤司はまだ、勝利しか知らない。けれど昔に比べたらずっと柔らかくなった。ハウスシェアなんてしているのだから、少しは変わってきているのだろう。それが少し救いだった。

「赤司君は赤司君一人で十分生きてゆけるのだと思いますが、君には僕たちがきっと必要なんだと思います」

黒子は自分でも矛盾しているな、と思いながら、そう言った。

「だからもっと頼ってくれていいんですよ」

この言葉が、赤司にちゃんと届けばいいな、と思いながら。


END

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