二百十九日目






黒子が赤司と一緒に受けている講義でわからない部分があったので少し聞いておこう、と、赤司の部屋をノックしようとしたとき、中から話し声が聞こえてきた。はじめ黒子は誰かが来ているのだろうかと思ったけれど、そうではないらしい。赤司の声ばかり聞こえてくるのだから、重篤な独り言でなければ電話をしているのだろう。これは少し待ったほうがいいかもしれない、と、黒子は立ち聞きをする気もなかったので踵を返そうとした。しかし、赤司の声音がなんだか少し妙だ、とも思った。そのときに、黒子の耳に「父さん」という単語が聞こえてくる。黒子はそれを聞いて少しびくりとしてしまった。赤司の父親は厳しいことで有名だ。赤司の父親がいたからこそ今の赤司が形成されたといっても過言ではない。そんな父親と赤司が電話をしている。それもあまり穏やかな話ではないらしかった。赤司の声は冴え冴えとしていて、とても事務的だったし、やり取りの隙間にも親子らしいものは感じられなかった。まるで取引先に電話をしているようだ、と黒子は思った。そうこうしているうちに電話の声が止み、扉の向こうから「テツヤ」と、黒子を呼ぶ声がした。黒子は少しの罪悪感を感じながら、「失礼します」と断って赤司の部屋へ入る。

赤司はスマホを片手にいつもと変わりない様子で椅子に腰かけていた。黒子はその様子を見て幾分かほっとする。赤司の父親は自分たちがこうしてハウスシェアをして暮らしていることをどう思っているのだろうか。時間の浪費だとか思われていやしないだろうかと黒子は後ろ暗い気持ちになった。赤司はそんな黒子の心情を察したのか、「単に近況報告をしていただけだよ」と言った。黒子は「そうですか」とそれに返す。

「赤司君でも近況報告なんてするんですね」
「報告、連絡、相談は人間関係を築くうえで重要な要素だろう」
「それは社会人になってからの話だと思いますが」
「そうかい?家族はもっとも小さな社会であると僕は思うよ。人は生まれながらにして社会人として生きていかなければならない」
「まぁ…そうでもありますが。しかし君、父親に敬語を使うんですね」
「一応厳しい家庭だったから、それが当たり前だと思っていたけれど」
「僕のとこなんかはもっとくだけてます」
「テツヤが敬語を使わないのかい?それは興味深いな」
「家族ってそういうものじゃないんですか?」

黒子がそういうと、赤司は「そうだね、そうかもしれない」と言ったあとに、「で、用事はなんなんだい?」と黒子に尋ねる。黒子はすっかり忘れていた、と、赤司にレジュメとノートを広げてみせる。

「ここの部分、教授の話を聞きのがしてしまって、よくわからないんです」
「ああ、ここか…っ、ああ、すまない、黒子。この問題は後日でも構わないだろうか」
「え?ええ、まぁ、大丈夫ですけど」

黒子は来週までに片づければいい問題であったのでそう言ったが、どうにも赤司の様子がおかしい。頭に手をやって、目を伏せてしまっている。

「体調が悪いんですか?」
「少しね。薬を飲んで横になっていれば治るから問題ない」

そう言って赤司は机の引き出しからピルケースを取り出し、机の上に置いてあったペットボトルのミネラルウォーターで薬を飲んでしまった。さして顔色は悪くないが、少し頭痛がするらしい。黒子は何かできることはないかと思ったが、赤司が問題ないと言うので、あまり触れてほしくない部分なのだろうと、「お大事に」と言って、早々に部屋を出ようとした。こういうところドライだ、と黒子は自分でも思う。けれど適材適所、という言葉も知っている。赤司は弱みのような部分を、黒子には見せたがらない。誰になら、ということもないのだけれど。こういうところ少し不平等だと思う。赤司はいったい、誰になら素直に甘えられるのだろう。

黒子は扉を完全に閉めてしまう前に、「こういうとき家族って、どうするんでしょうね」とぽつり、つぶやいた。赤司は少し考える素振りをしてから、「ほうっておくんじゃないか」と、苦笑した。なんだか悲しいな、と、黒子は思った。パタン、と扉を閉めてしまってから、赤司にとって家族というのはとても冷たいものなのだと思った。黒子の行為は赤司を思いやってのことだったけれど、そうではない、ただほうっておく、という選択肢も世の中にはあるのだ。それがとてもこわいと思った。足の裏にあるフローリングがやけに冷たい。


END

リクエストいただいてた「赤司が実家に近況報告している話※片頭痛の話と絡めて」でした。
リクエストありがとうございました。

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