二百十八日目






黄瀬は緑間と話をしたあと、ふつうにみんなと夕食を食べて、課題のレポートを書いていた。夕食の席に紫原と青峰はいなかった。ケータイショップに行って、外食をしてくるとラインで連絡があったのでそのことは知っていた。近くにいなくても何をしているのかわかるのはなんだか昔から考えたら少し不思議だった。黄瀬はレポートを書き上げてしまってから、時間を確認した。時刻は日付が変わった頃だったが、妙に集中してしまったせいか、目が冴えてしまっていた。まだ寝つけそうになかったので、キッチンで何か温かい飲み物でも飲もうかと、下に降りる。

キッチンには明かりがついていた。例によって緑間かと思ったが、そこにいたのは青峰だった。黄瀬は少しほっとした自分を不思議に思ってから、「青峰っち」と声をかけた。青峰は今日買ったばかりのスマホとにらめっこをしていたが、黄瀬に気が付くと「おう」と顔をあげた。

「俺、なんか寝つけそうになくてなんか飲むけど、青峰っちもなんか飲むっすか?」
「おう」

黄瀬はコーヒーだとこの時間眠れなくなるから、と、ココアを棚から出した。最近寒くなってきたから、とこないだの買い出しの時に頼んでおいたものだ。牛乳で作るタイプのやつで、レンジさえあれば簡単にできる。黄瀬は二人分のマグカップを用意しながら、青峰に「青峰っちも寝らんなくなっちゃったんすか?」と尋ねた。青峰は「いや、夢中になってた」と、スマホから目を離さずにそう言った。まだ操作に慣れないのか、たまに舌打ちをしている。必要そうなアプリは大方入れてしまったようだったが、ゲームのデータ移行だとか、アドレス帳の移行だとかはまだ終わっていないらしい。手元にはもとのガラケーも置いてあった。

黄瀬はココアの粉末に牛乳を注いだら、それを電子レンジにかけた。ぶうんと音がして、温かい色がレンジの中に満ちていく。黄瀬はぼんやりと、緑間との話を思い出していた。いつまでバスケをするのか。いや、いつまでバスケを続けられるのか、という話だ。思えば自分がバスケをはじめたきっかけは青峰だった。青峰に憧れてバスケをはじめたのだ。それはもう随分昔の話のように思われたが、黄瀬にとっては原点であるため、大事なことだった。もう青峰には憧れていない。ライバルとして見ている。けれど、自分の今の練習量で青峰に勝てる気は、しない。いつまで隣に立っていられるのかも、あやしい。そこまで考えたあたりに、チン、と音がした。黄瀬は熱くなったマグカップにそれぞれスプーンをさして、青峰のかけているダイニングテーブルにことんと置いた。青峰は礼を言うでもなく、それに口をつける。黄瀬も青峰の正面に腰かけて、それに口をつけた。すこし火傷しそうな温度だったが、それが丁度いい。

「ねぇ青峰っち」
「んだよ」
「真面目な話していいっすか」
「なんだよ」
「俺、バスケやめなきゃいけないんすよね」
「なんでだよ」

なんで、と言われて、黄瀬は「えっ」という気持ちになった。それはもう誰しもがわかっているものだと思っていたから。黄瀬は仕事がどんどん忙しくなってきているし、学業だっておろそかにできない。おろそかにしなかったとしてもたぶんどこかで留年してしまうのは確定だった。その上バスケを今まで通り続けていくなんて、土台無理な話なのだ。いつかどこかで破たんする。だから破たんする前に自分で見切りをつけて、やめなければならないと前々から思っていたのだ。緑間のように。

「だって、このまま続けてくの…無理、そうなんすもん」

そういえば、青峰はいつまでバスケを続けるのだろう。黄瀬は思った。青峰はいつまでだってバスケを続けているような気がする。青峰からはバスケを取り上げることができない。だって青峰はバスケをしているのがふつうで、呼吸をしているようなもので、ずっと、それこそ死ぬまでバスケをしている気がする。選手としては、きっとむずかしいのだろうけど。そうだ、と黄瀬は思った。いつか青峰もバスケ選手でなくなる時がくるのだ。それが黄瀬より少し遅いだけのことで、いつか、それは絶対やってくる。神様って生き物は残酷だ。人生に老いがなければいいのに、と黄瀬は思った。そうしたら青峰はいつまでもバスケを続けていられる。自分と違って。黄瀬は人生が二回あったら、と、いつぞやの水族館を思い出した。今は水族館のように、キッチンがしんとして、たぷんたぷんと水の音がする。不思議だった。どうして自分はバスケを続けていくことができないのか。

「俺は今のままじゃダメなんすよ」
「誰がそう決めたんだよ」
「俺が…」
「じゃあ仕方ねぇだろ」
「うん…そうっすね」

そうだ。黄瀬は自分で決めたのだった。バスケより仕事を選ぶことだって、バスケをやめることだって、自分の選択だった。そこに他人を挟んではいけないような気がした。いけないのではなく、後悔する、と言ったほうがいいかもしれない。とにかく、黄瀬は自分で決めたのだ。だったら、いつやめるのかも自分で見極めなければならない。緑間に倣うのではなく、自分の意思で。

「青峰っち」
「なんだよ」
「俺、まだ青峰っちのライバルでいられてるっすかね」
「…どうだろうな」
「俺が、自分を青峰っちのライバルだって、思えなくなったら、そのときは俺、バスケやめようと思うんす」
「そうかよ」
「そうすることに決めた」
「いいんじゃねーの。ワンオンワン、まだ負ける気しねーけど」
「明日は勝つっすよ」
「言ってろ」

そう言って、青峰は熱いココアを飲みほした。黄瀬は少し寂しく思いながら、明日のことに思いを馳せた。どうにも今夜は、眠れそうにない。


END


リクエストいただいてた「青峰と黄瀬で寝付けない夜、コーヒーを飲みながらしっとり会話」でした。
リクエストありがとうございました。

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