三十三日目






「ただいまー」

誰か帰ってきたな、と緑間は思ったのだが、それが誰なのかなぜか見当がつかなかった。聞いたことのある声ではあるのだがなんだかおかしい。なぜだろうと考えているあいだにリビングに黄瀬が入ってきて、ああ黄瀬か、と。

「なんだお前か」
「ん?なんで?」
「いや、なんとなくな。コーヒーでも飲むか?」
「ああ、うん」

なんだか違和感がある。なんだかおかしい。そう思いながらも緑間はいつものようにケトルを火にかけ、ドリッパーを出した。

「最近随分仕事が忙しそうだな」
「あー…事務所が今年押し出すタレントに選ばれたみたいで。今度脇役だけどドラマ出演することになったんだよね。うれしいけど勉強もあるからさ、ちょっとね。大学側もある程度考慮はしてくれるらしいけど、芸能人たくさんいる大学じゃないから」
「贅沢な悩みなのだよ」

緑間は少し迷ってからブルーマウンテンブレンドを出した。そうしてから、はたと気づいた顔になる。

「お前、その喋り方はどうしたのだよ」

なんだかおかしいと思っていたが、その違和感の正体は黄瀬の口調だった。いつも「〜っす」などと意味不明な頭の悪そうな語尾をしているのに今日はその癖がとれてこういうのもなんだが標準語をしゃべっている。

「ああ、ほら、さっき言ったやつ、ドラマに脇役ででることになって今日簡単な台本の読み合せみたいなのがあったんだけど、それで口癖がどうしてもでちゃって監督に怒られたんだよ。それでドラマ終わるまでは口癖使わないようにしようと思って」
「…芸能人は大変だな」

できあがったコーヒーをテーブルに置いて、緑間も席につく。黄瀬のコーヒーにはいつものように砂糖とミルクを加えて甘くした。黄瀬が徹夜前以外はいつもそうしているのでいつのまにか緑間もそうするようになったのだが、相手の好みが聞かずともわかるというのはなんだかこそばゆい気持ちになる。

「でもなんか口癖がないとキャラ薄くなっちゃって。緑間っち…緑間も口癖直すの一緒にやんない?」
「…その呼び方やめるのだよ」
「なんで?青峰っちとかこう読んでるじゃないっすか…あ、今ちょっともとにもどっちゃったけど」
「なんだかお前にそう言われると座りがわるいのだよ」

なんだか座りがわるい。緑間が改めて黄瀬を見てみると、彼はやはり芸能人という風貌をしていた。あのおかしな口癖がとれるだけでぐっと男前になるような気さえして、黄瀬のくせに、と腹立たしい気持ちになった。そんなことを思っているときに黄瀬が不服そうな顔をして、「じゃあ、真太郎」と言ったので緑間は盛大にコーヒーを吹き出した。

「ちょ、汚っ!赤司っちそう読んでるじゃないっすか!」
「あ、赤司は赤司なのだよ!」

とにかく、と緑間は眼鏡のブリッジを上げる。彼が気を取り戻すようなときや照れをかくすようなときにには必ずそうするのだが、本人は気づいていない癖のようだった。

「いつもどうりの呼び方を推奨するのだよ」
「ちぇー」

呼び方そのままだと口癖が戻るんだよなぁとぶつぶつつぶやく黄瀬を尻目に、緑間は吹き出してしまったせいで半分以下になったブルーマウンテンブレンドをチラリと見た。そうしてもったいないことをしてしまったのだよ、と呟く。黄瀬が「え?」と聞き返すが、緑間は「なんでもないのだよ」とまた眼鏡のブリッジを上げなおす。全くもって調子が狂う。緑間は残りのコーヒーをすすりながら、はやくドラマとやらの収録が終わってくれないかなぁと思った。


END

今回緑間のみの話になってしまいましたが、このあと他のメンバーにも「変です」「似合わねぇ」「黄瀬ちんきもーい」「涼太、似合ってないよ」とかボロクソに言われて泣きながら家ではもとの口調で話す黄瀬と、なんだかほっとする緑間可愛いと思います。



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