二百十四日目






黒子が不機嫌だった。いや、かなり怒っている。その時リビングに揃っていた全員がはっきりとそうわかるくらいには怒っていた。具体的にどういう風なのかというと、むっつりと押し黙り、眉間に影を集めている。話しかければ「いえ」だとか「そうですか」だとかそういう単調な答えしか返ってこない。これは誰かが何か黒子の地雷を踏んでしまったのだろう。しかし一体誰が何をしたというのか。

「テツヤ、何をそんなに怒っているんだい?」

そう切り出したのはやはり赤司だった。見るに見かねたらしい。黒子はむっつりとした表情のまま、一冊の本を取り出した。その本の表紙にはうっすらと何らかのシミがついている。

「今朝リビングに置いておいた僕の本に、誰かがジュースをこぼしたみたいなんです。ほら、うっすらシミがついているでしょう」

黒子は本のシミを憎々しげに指さしてそういった。

「え、それだけっスか?」
「まぁ…わからなくもないが…」
「それだけ?それだけってことはないですよ。この本は僕のお気に入りなんです」
「…まぁ、わかった。で、誰だ?こんなことをして黙っているのは」

赤司がリビングを見渡すと、青峰がさっと視線を逸らした。

「大輝か」
「…いや…」
「大輝なんだな」
「…いや、ちょっと手が滑って」
「大輝か」
「ソウデスー」

青峰は面倒なことになったという顔をした。どうやらここまで大事になるとは思っていなかったらしい。

「峰ちんさー普通もっと早くに黒ちんに謝るもんじゃねーのー?」
「うるせぇな!バレるようなシミじゃねーと思ったんだよ!」
「そういうところ性根が腐っていると言うのだよ」
「そこまで言うか!はいはいわかりましたよ!新しいの買ってかえしゃいいんだろ!」
「…無理ですね」
「あ?」
「この本の装丁、今年の夏のフェアの特別版なんです。もう売ってないんですよ」
「まじかよ…」

黒子は「せっかく苦労して手に入れたのに、とその本の装丁を可愛そうな手つきで撫でた。これには青峰も頭を抱えてしまう。

「悪かったって」
「謝って済むなら警察はいりません」
「そこまで大きくなるかよ!」
「僕の中では大きな問題なんです!」
「だから謝ってんだろ!」
「謝っている態度には見えません」
「すみませんでした!」
「頭が高い!」
「それは赤司のセリフだろ!?」

ついに子供じみた言い争いにまで発展してしまい、赤司がため息をつく。それから少し考えて、「じゃあこうしないか」と。

「ペナルティとして、大輝にはテツヤの掃除当番と食事当番の全てを一か月間やってもらう」
「はぁ!?」
「どうだ、テツヤ」

黒子は少し考えて、「そんなことじゃ僕の気はおさまりませんが…しかしあまり大人げなく振舞うのもどうかと思いますし、読書の時間も増えるので…」と渋々ながらそれを承諾した。

「ちょっと待て!料理なんか作れねーぞ!」
「おや、テツヤに何か習っていたものだと思っていたが」
「それは…そうだけどよ…」
「この機会に料理を習得するのもいいんじゃないか?」
「いや…」
「悪いのはお前なんだぞ、大輝。テツヤの本にジュースをこぼして、今の今まで黙っていたのだからな」
「あーもうわかったよ!ただしまずい飯でも文句言うなよ!」
「わかればいいんだ」

そう決まったことで黒子の眉間の影も少しは和らぎ、リビングにはほっとしたような空気が立ち込める。赤司もそうだが、黒子も怒らせるとなかなかに厄介らしい。


END


リクエストいただいてた「黒子が怒ってる話」でした。
リクエストありがとうございました。

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