二百十日目






昼頃になると赤司と緑間が戻ってきて、今度は青峰と黄瀬が休憩に入る番になった。黄瀬は気休め程度に、とキャップを目深にかぶる。青峰と黄瀬がテントから離れると、中央食堂前の広場で歓声が聞こえた。どうやらゲストを呼んでイベントを催しているらしい。青峰が「行ってみるか」と、やりたいこともないので、という風に指を指した。

広場についてみると、予告されていたそれなりに有名なロックバンドが特設舞台に立っていた。演奏はこれかららしく、まずは挨拶をしている。黄瀬も青峰も知っているバンドだったので、二人は空いていた後ろの方のベンチに腰を下ろし、しばしその演奏を聴くことにした。

「なぁ、あのバンドとは会ったことあるのかよ?」
「いや、ないっスけど…ていうか、会ったことある人の方が珍しいっスよ」
「なんだ、つまんねーな。黄瀬のコネでサインとかもらえると思ったのによ」
「青峰っちって結構ミーハーなとこあるっスよね」
「そりゃあ堀北マイちゃんのサインは欲しいだろ」
「はぁ…」

そうこうしているうちにバンドの演奏が始まった。一曲目はアップテンポの曲で、曲に合わせて人だかりが飛んだり跳ねたりと波のようにうねった。黄瀬と青峰はずっと立ちっぱなしだったので座ったままぼんやりとその演奏を聴いている。ノリの悪い客だと思われそうではあった。二時間身体を動かすのならなんてことないのだけれど、ずっと立ったまま、というのは足腰に響く。接客業で生計を立てている人たちはすごいなぁと純粋に思った。

「そういや、お前最近なんかヘンだったよな」
「え?」
「なんか隠し事とかしてねぇ?」
「いや、してないっスけど…」

黄瀬は自分のことではないから、と自分に言い聞かせて、青峰から視線を少し逸らした。青峰は納得がいかないのか、口を変なかたちに歪める。

「夏のときみたいなことにはなってねーよな」
「大丈夫っスよ!そういうことはもうないっスから!」
「あんときは警察沙汰になってめんどかったからな。もう御免だ」
「あの時はほんと…申し訳なかったっス…」

あのストーカー事件の時は本当に色々な人に迷惑をかけたものだなぁと黄瀬は思った。芸能人として有名になっていくということはこれから先ああいうこととももっと向き合っていかなければならないのだと思い知らさせる一件だった。マイナーなバンドがメジャーになっていくにつれファンのマナーが悪くなったり、古株のファンが離れてしまったり、というのはよくある話だ。今目の前にいるバンドもそういうことを乗り越えてここに立っているのだろうか、と、黄瀬は先輩を見るような視線でそのバンドを眺めた。

「そういや」
「うん?」
「お前もサインとかあんの?」
「まぁ…一応…」
「売ったら金になっかな」
「青峰っちにはあげないっスよ!」
「ケチだな」
「ヤフオクに出されるってわかっててサインするほど物好きじゃないっス!」
「まだそんなに価値がつくとは思えねーけどなー」
「うるさいっス!これからもっと有名になったら今のセリフ絶対後悔するっスよ!」
「へぇ、じゃあ後悔させてみろよ」

ぎゃあぎゃあという応酬もここでは人の話し声やバンドの音楽に紛れて他の人には届いていないようだった。黄瀬がこうしてのんびりバンドを眺めていても誰も寄ってこない。文化祭というのはそういうものだ。みんな、隣にいる人にしか興味がないのだ。黄瀬がへらりと笑ったあたりで、青峰が「なぁ、腹減ったな」と言った。そういえば朝食から何も食べていない。黒子と紫原あたりにも何か差し入れした方がよさそうだ。まぁいざとなったら自分たちのフランクフルトを摘まめばいいのだけれど。

「じゃあ、屋台めぐろうっス!色々あって楽しそうだし!」

黄瀬は中央食堂から少し離れた屋台のひしめきを指さしてそう言った。青峰も異論はないらしく、最後に舞台のバンドに一瞥だけくれて、「おー」と先に行った黄瀬を追いかけた。文化祭も中盤に差し掛かっている。


END



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