二百二日目






「紫原君、今日の午後って暇ですか」

黒子がそう尋ねると、紫原は携帯で予定を確かめてから、「うーん」と首をひねった。今日は練習が休みの日だったのだが、個人的に予定を入れていたらしい。

「ケータイ見に行きたいんだけど、そのあとでもいいなら」
「ああ、それならむしろ好都合です。僕も新しい携帯電話を見に行きたかったので」
「え、黒ちんスマホにするの?」
「ええ、ちょっと、携帯が壊れてしまって。修理してもらおうとしたら、もうこの型の部品がないとかで、新しいのを買うことにしたんです。紫原君、こういうのに詳しいですから、意見を聞こうかと」
「ああ、ガラケーだとそういうのあるよね。いいよ。俺今日4コマまでだけど」
「僕は3コマで終わりです。駅前の喫茶店で待ち合わせしましょう。ショップもそのあたりにありますし」
「うん、わかった。あ、峰ちんも誘わない?なんか、新しいケータイほしいって言ってた」
「そうなんですか?まぁ、別に困るということはありませんが」
「じゃあ、俺が勝手に誘っとく。峰ちん多分今日4コマ終わりだから」


黒子は、携帯で連絡がとれないものだから、きちんと待ち合わせ場所を指定しなければいけなかった。携帯というのは便利なものだ。もうないと不便で不便でしょうがない。それくらい生活に浸透してしまっている。待ち合わせ場所の喫茶店で時間を潰しながら、黒子はため息をついた。手にしているのは今度の講義で参考文献に指定されている「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」という本だ。その講義はユートピア文学かもしくはディストピア文学を主だった題材にして議論が重ねられる。よく取り上げられるのはジョージ・オウェルの1984年や、ガリヴァー旅行記、そのほか古今東西の仮想世界を描いた物語だ。なんなら昨今のアニメだって持ち出してくる。青峰と一緒に受けている一般教養科目であったが、青峰が真面目にこういった類の書籍を読んでいるかははなはだ疑問であった。アニメすらめんどくさがって見ていないかもしれない。しかし、と黒子は考えるのだ。自分は今から新しいスマートフォンというものを買いに行く予定なのだけれど、それもまた近未来じみているな、と。今までガラケーで過ごしてきたのだが、今はもうそちらの方は古いらしい。携帯電話が普及しはじめてまだ10年かそこらなのに、携帯電話も今やタッチパネルが常識であり、さまざまなアプリケーションを入れ替えたり活用したりして生活するのが当たり前になった。もしかしたら今後もっとそういった技術が発展して、よく映画なんかででてくるホログラムが日常に取り入れられる日も近いのかもしれない。もはやゲームでさえ3Dが基本である。現実と虚構の区分が曖昧になって、そのうち人類は火星に移住するかもしれない。黒子がそこまでぼんやりと考えたときに、「黒ちーん」という声がした。

「お待たせー」

見ると、サングラスをかけた紫原と、部活のジャージ姿の青峰だった。こうやって見ると二人の組み合わせは相当ガラが悪い。アルファベット三文字であらわされる昨今の若者のようだった。しかし紫原にサングラスはよく似合っていた。日本人でここまでサングラスが似合う人というのもそうそういないだろう。しかも2メートルの巨体で、長い髪をハーフアップにしている。外人のモデルなんじゃないかと周囲の女性がざわめくのが聞こえた。対する青峰はというと気の抜けた格好で、上はスウェットだし、下は部活のジャージだし、なんなら後頭部にはトルネード型の寝癖がついている。この恰好で大学へ行っていたのならそれは勇者だ。大方今の今まで寝ていたのだろう。今度の中間テストはどうするつもりなのか。


「なんだか宇宙人になった気分です」

黒子は巨人二人に挟まれてショップを眺めながら、そんなことを言った。

「囚われた宇宙人ーってやつ?さすがにそこまでいかないでしょ」
「いえ、まぁ、それもありますが、現代技術はここまで進化しているものなのかと」

黒子はスマートフォンコーナーで試しにスマホを触ってみたのだけれど、思った以上の近未来加減に頭痛を起こしているようだった。

「このメーカーのはとにかく通信速度が速いね。でもバッテリーもすごい減る。バッテリーの持ちでいったらやっぱiPhoneになっちゃうんだけど、ガラケーからいきなりiPhoneにすると慣れるまで大変なんだよねー」
「紫原君はiPhoneなんですよね?」
「うん。今日最新版のやつにする。液晶大きくなったんだよね。手になじんでいいかんじ」
「何が違うんですか?」
「細かいとこが色々と」
「はぁ…ちなみに、電子書籍を読むならどの機種が一番ですかね」
「どの機種でも大丈夫だと思うけど、それなら液晶大き目のがいいんじゃない。俺電子書籍はあんま読まないからわかんないやー。最近のはまぁバッテリーもそれなりにもつし、アプリもかなり入るから容量的には大丈夫だと思うけど。黒ちんそんな機能にこだわりなさそうだし…最新のやつだったらどれでも大丈夫だと思うよ?ちなみに他にはなんかこういうのがいいとかあるの?」
「そうですね…バッテリーの持ちが良ければそれで…あとは操作が簡単な方がいいです。難しいのはちょっと…」
「そう。じゃあこのメーカーとかいいんじゃない。ここのメーカーはお年寄り向けとかのケータイも出してるし、パソコンとかも初心者向けっていうか、苦手な人でもナビ使ってどうにかなる仕様だし、スマホもまぁいいかも。この一個前の世代はめちゃくちゃ熱持ってやばいしバッテリーの減り早いしで最悪だったけど、最新のはそういうのなくてスマホ初心者にも使いやすいって評判」
「へぇ、そうなんですか」

黒子と紫原が色々と相談している横で、青峰はやたらと画面が大きいスマホを手に取り、それを操作して遊んでいた。やはり興味はあるらしい。しかしそれを片手で持ってみて操作しようとしたときに納得がいかないのか、何度も持ち替えては首を傾げている。手のひらに収まるサイズというのがやはり一番らしい。

「これにしますかね」

黒子がそう言って手に取ったのは、紫原が「初心者向け」と言っていた機種の白だった。すこし丸みを帯びたフォルムが手に取りやすく、操作性も気に入ったらしい。青峰はまた今度にするのか、特に選んではいないようだった。紫原は最新機種のiPhoneのスペースグレーを選んだ。各種手続きを終えると、黒子はいくぶんきらきらした顔で「なんだか近未来に到達した気分です」と言った。紫原も新しいケータイの操作性の高さと通信速度に満足げな様子で、「こんどカバーとかそういうのも見に行こう」と言った。青峰は「ちくしょー俺も欲しいんだけどよーいいのが見つかんねーんだよなー」と最新機種のパンフレットを片手にうんうん言っている。

「なんだか、いろんなものがどんどん先に進んでいくんですね。不思議です。僕たちは、取り残されないように、必死になって、それに追いつこうとしているのかもしれません」
「なに、黒ちん詩的だね」
「いえ、ちょうど、講義でやっているんです。近未来のことを描いた文学や映画を多く扱っている講義で。もしかしたら、ほんとうにそういう未来がくるのかもしれないな、と。さっき電気羊が歩いていたけど、君はみたかい?って、尋ねる未来とか」
「あー…アンドロイドは電気羊の夢を見るか?だっけ」
「知ってるんですね」
「高校の時に読んだ。タイトルが気になって」
「青峰君は知ってますか」
「しらねーよ。興味ねーし」
「君、来週の講義でこの本を取り上げるっていうこと、知ってましたか?」
「…そんな講義あったか?」
「中間テストどうするんですか…」
「どうにかすんだよ」

黒子はため息をついた。そうしてから、さっき電気羊が歩いていたけど、君はみたかい、という質問の答えを、少しだけ考えた。機械的なものであふれてしまっていて、もしかしたら何か大切なものを見落としているんじゃないかと、ちょっとばかり怖くなってしまったものだから。たとえば、携帯電話がないとろくに待ち合わせもできないとか、友達と連絡がつかないだとか。これからもっと、そういう社会になっていく。その中で忘れてはいけないことはなんだろう、と、黒子は手に下げた紙袋に入っている最新の携帯電話の重さを感じながら、思った。


END

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