番外編2日目






アメリカでルームシェアすると取り決めたら、あとはびっくりするほど簡単だった。もともと、氷室がルームシェア用の部屋に住んでいたのだ。そこで日本人もしくはアジア系のシェアメイトを募集していたらしいのだが、なかなか集まらなかったとのことだった。そこで火神に声をかけてみた、というのもあるらしい。氷室の住んでいるアパートは氷室の大学の比較的近くにあり、火神の所属しているチームのホームプレイスにもそれなりに近かった。火神は住んでいたアパートを解約し、約一週間後には氷室のアパートに引っ越した。引っ越しには車を使った。アメリカは車社会が発展しており、車がないと郊外へはなかなか行けないし、買い物にも不便を感じる。しかも日本より簡単にライセンスを取得できるので、火神はもちろん、氷室も自分の車を所持していた。ここは親の力に頼ってしまっているところなのだけれど、2人ともアルバイト等をしてこつこつと返済に割り当てている。氷室のアパートには駐車場もあり、車はそこに駐車した。何回かアパート同士を往復すれば引っ越しは完了で、むつかしいのは住所変更の手続きくらいしかなかった。

氷室の住んでいたアパートは少し古びていた。古いからこそ、ルームシェア用に貸し出しているのかもしれない。ベッドルームは2つで、そこがお互いの部屋になる。キッチンにリビングもあり、古びた内装も、アメリカらしいといえばらしい作りだった。あたたかみがあって、なかなかにいい雰囲気だ。この条件でどうしてシェアメイトが見つからなかったのか、不思議なくらい。リビングが極端に狭くてホームパーティが開けないということもないし、収納が足りないということもないし、バスルームだって一人暮らしのものに比べたら立派だった。

「なんで今までシェアメイト見つかんなかったんだ?」
「ん?ああ、それは俺が一応ここのホストだから、できれば日本人がいいって、掲載しちゃってたからかな。日本人で、見ず知らずの人と一緒に住もうなんて大胆な人はなかなかいないから。それに俺みたいなはじめっから四年間こっちの大学に通うって決まってる人ならまだいいけど、留学生とかは基本的に寮に入るし、短期だとホームステイする人がほとんどだからね。アメリカ人とか現地の人と一緒に住んでもいいんだけど、やたらホームパーティ開きたがるやつとか、肉しか食べないようなやつとか、生活習慣があんまりにも合わなさそうなやつと住むのはちょっとなって」
「いや知ってるやつでも一緒に住むってはなかなかならねーけどな」

氷室のアパートがあるあたりは日本人も多く住む地域だった。このあたりに一人暮らしをしている日本人も少なくないだろうし、日系の顔立ちをした人もちらほらと見かけた。少し場所が違うだけでこんなにも環境が違うものなのか、と火神が驚いたくらいだ。日本人やアジア系が多く住んでいるということもあって、近くのスーパーにはわりと日本食も置いているようだった。日本食専門の店舗も存在する。氷室はそこで買ってきたらしい蕎麦を手に、「引っ越しの時はこれだって、アツシが言ってたんだ」と。

「なんで引っ越しの時って蕎麦なんだろうな」

火神が首を傾げてみる。もともとは近所に配るのが蕎麦なのだが、アメリカだとそういう風習がないから、自分たちで食べるしかない。あらかた火神の荷ほどきが終わったのを見て、氷室がキッチンでそれを茹で始めた。アメリカで手軽に蕎麦が食べられるのはロサンゼルスのこの近辺くらいかもしれない。リトルトーキョーも車で行けば簡単にたどり着いてしまう。

「あれじゃないか?年越しそばみたいに、細く長く縁がつづきますように、的な。そういうもんだって俺は聞いたけど。あとはジャパニーズジョーク的な。あなたのそばにいたいんだよって意味もあるんじゃなかったか?そばに引っ越してきました、とか」
「なんか誠凛の先輩思い出すなそれ…」
「そうなのかい?」

火神がなんだか下がってきたように感じる室温にぶるりと身震いしたあたりに、蕎麦ができたらしい。暖かい気候の場所なので、かけ蕎麦ではなくつけ蕎麦だった。これまた日本食専門店で売っていたらしい麺つゆが添えてある。変なオリーブオイルとか混ざってないだろうな、と火神は警戒しつつ、引っ越しで疲れた肩をまわしながら、ダイニングテーブルに腰掛けた。アメリカだと靴を脱がないから、なんだかいまいち家の中、という感じがしない。一旦日本に帰ってしまうとそういう違和感が強く働いてしまう。

「いただきます」

そう言ったのは氷室だった。火神はなんとはなしに持ってしまっていた箸を置いて、自分も「いただきます」と言う。郷に入っては郷に従え、でわりと何も言わずに食べ始める習慣がついてしまっていたようだった。こないだ日本に行ったときも思い出して手を合わせることがあった。しかし氷室は通っていた高校からしてクリスチャンではないのだろうか、と火神は首を傾げる。そうしたら氷室は「まあ細かいことはどうでもいいんだよ、感謝していればね」と。細かくないところには大きくアメリカの影響を受けているのが氷室らしい。

とにかく、と口に入れた蕎麦は海苔がなかったせいかなんだか物足りない味ではあった。しかしながらまあ、食べられないこともないし、まずくもない。けれどやっぱり海苔が足りないんだよなあと、火神はちょっと贅沢なことを思った。とても贅沢だ。ここがアメリカであることをしばし忘れるには、十分なくらい。


END


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