1.he opening of the stage




扉の向こうで先ほどから足音が行ったり来たり、それから舌打ちの音が何回か。宗像はもう誰が扉の向こうにいるのかわかっていたが、声をかけるようなことはしなかった。大方今朝に起こったストレイン絡みの事件の報告書を伏見が持ってきたところだろう。けれど一向に入ってこないところをみるとなにかまずいことがあったらしい。はて、と宗像は考えた。彼は基本的に仕事でミスをするということはなかったはずだが。彼の部下がなにかまずいことをやらかしたのか、もしくは彼が何かしらの手傷を負ったか。けれど先に淡島から受け取ったとりあえずの報告では負傷者はいなかったはずだが。そういえば淡島がなにか含み笑いをしていたような気もする。ストレイン絡みだとなにが起こってもおかしくはない。

宗像があれこれと考えているうちにきっちり三回、律儀なノックが響いた。しかし名乗りがない。まぁ人物は特定できているわけだから、と宗像は「どうぞ、伏見くん」とそれを通す。そこに現れたのは確かに伏見なのだが、なんだかおかしい。頭に耳が生えているとか尻尾がにゃんにゃんしているとかそういう部分的なおかしさではなく、伏見は全体的におかしかった。まず宗像は眼鏡の曇りを払い、ふぅ、と深いため息をついた。それからどうやら自分はここのところ真面目に仕事をしすぎたらしいと目頭を丹念に揉みほぐし、もう一度眼鏡をかけ直した。

「…伏見…さん?」
「あんた副長も君づけだろふざけんな見んな目を閉じるかその曇っぱなしの眼鏡外してくださいマジで」
「いや、君が何を扉の向こうでためらっているかと思えば…随分可愛らしい格好をしていますね」
「…うぜぇ…」

伏見は明らかに尋常ではない格好をしていた。服装は普段どおりの制服なのだが、その丈が微妙に余り、肩などはずり落ちそうになっている。普段は骨ばった細身の肢体が今は緩やかな曲線を描き、胸にはつつましやかな膨らみがあった。声は淡島よりやや高いほどで、尖った顎もその印象を隠し、ほっそりとした華奢さをそなえ、どこからどう見ても伏見は女性だった。

「ストレインの能力ですか?なんとも愉快な能力を持ったストレインもいるものですね」
「ちっとも面白くなんかないですよ。副長にはおもちゃにされるし部下にはなめられるし服は重いしいらいらするしで最悪なんすけど。俺この報告書提出したら早退するんで」
「ほう…おもちゃですか。どうりで、あなたの顔が綺麗にお化粧されていると思ったら」
「さっさとそのくそったれた口を閉じるか報告書受け取るかしてください」
「口を閉じなければ報告書を受け取らなくていいんですか?」

ちっと伏見の舌打ちが響いた。伏見はもう面倒だと言わんばかりに机に報告書を叩きつけ、踵を返した。けれどその腕を宗像が掴んで引き止める。バランスを崩した伏見がたたらを踏んで恐ろしく不機嫌な顔で宗像を睨みつける。

「なんですかなんなんですか離してくださいセクハラで訴えますよ」
「ああ、今の君にそうされたら私に勝ち目はないですねぇ。しかし私はまだ報告書の仔細を口頭でお聞きしていないので」
「…今朝方起こった未確認のストレインによる事件についての報告書をお持ちしました。詳細は書類に記載してあります。負傷ゼロです。以上」
「ほう…負傷者はいないようですが、ストレインの能力によって心身に異常をきたした方はいらっしゃるようですが、そのことについての報告が書類には書いてありませんねぇ。今後の対策のためにもお聞きしておきたいのですが」
「…クソ眼鏡」
「なにか」
「…いえ…。ストレインの能力ですが、どうやら両手で触れた相手の性別を男なら女、女なら男というように逆転させる能力でした。以上」
「ほう、おもしろい能力です。で、伏見君、君が女性の体つきになっているのはわかりました。で、主な相違点は」
「…胸部の膨らみ、頭髪の変化、顔つきの変化、筋肉の衰え、脂肪の増加、身長の伸縮、…性器の変化…おおよそこのような症状が見られます」
「若い女性が羞恥をこらえながら性器とか言うとこう…ぐっとくるものがありますね」
「きもちわるいです。本気で訴えますよ」
「で、伏見君、君はいつもとの姿に戻れるのでしょう」
「…報告書には記載しましたが、ストレインは現在逃亡中です。俺が能力によって隙をつかれた際に包囲網を突破され…時間の経過によって徐々に戻るのか、もしくは一定時間の経過によって元に戻るのか、一定条件を満たすことで元に戻るのか…最悪の場合ストレインが再度能力を使用しないかぎりは元に戻らない可能性があります」
「伏見君、君がストレインに能力をかけられてからどれほどの時間が経過しました?」

伏見は時計を確認する。

「4時間23分58秒です」
「…細かいですね。で、何かしらの兆候は」
「…ありません」
「ふむ、そうなると時間の経過とともに戻るという可能性は薄そうですね」
「…ちっ」
「女性が舌打ちなんてするものではありませんよ」
「俺は男です」
「今は女性でしょう」

痛いところをつかれて伏見は押し黙った。それにしても、と宗像は頭の痛そうな顔をする。

「君が動けないとなると戦力的に厳しくなりますね」
「戦闘には参加できます」
「おや、腰のサーベルが随分重たそうですよ」
「…当分はデスクワークに従事させていただければありがたいです」
「素直でよろしい」

そろそろ帰りたいという空気をこれでもかと出す伏見をくすりと笑ってから、宗像は「退室を許可します」とそれを促した。伏見がげっそりとしたような顔をして「失礼します」と退室しようとしたが、宗像がはたとなにか思いついたような顔になる。

「伏見君」
「なんですか」
「まぁこんなことを言うのもあれかもしれないですが、女性用下着の着用を推奨しますよ」
「…はぁ?」
「そのつつましやかな胸でも主張するものがあるということです」
「…室長、次に会うときは法廷ですから」

伏見はバタンと荒々しく扉を閉め、女性らしくない足取りで遠ざかっていった。宗像はひとしきり伏見の反応を思い返して笑ったあと、ふぅと真面目な顔になる。「なんとも厄介なことになりましたねぇ」というつぶやきは、誰にも聞かれることはなく、部屋の空気に溶けて消えた。


END


つづく…?
続かないかも。


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