route munakata 3





こういうときに寮というものは面倒だ。風邪を引いた隊員の同室も基本的に風邪をうつされてしまうし、入浴時間が決められているものだからそこでも風邪をもらってしまう。あれよあれよという間に病人が増え、翌日特務隊で出勤してきたのは半数ほどだった。昨日早退した面々はもちろん、情報班からも新しく二名の欠勤が出た。ここまでくると業務に支障しか出ない。淡島は熱があるにもかかわらず出勤しようとしたらしく、部下に止められたとのことだった。仕事熱心にもほどがある。淡島が欠勤ということで伏見が基本的に淡島の代理として業務をこなさなければいけないのだが、伏見は第四小隊ぶんの業務もあった。どうしたものかと思っていたところに特務隊の欠勤者ぶんの業務まで舞い込み、これでストレイン絡みの事件でも起こったらさすがに死ぬな、と思っていたらよりにもよってベータケースの事件が起きた。さすがに人数が足りず、宗像がじきじきに出向いて事件はさっさと鎮圧したのだが、面倒な手続きが多い。淡島がいないせいでそれを伏見がしなくてはならず、仕事ばかりが膨れ上がった。その上昨日ほどではないにしろ早退は出るし、とセプター4内はいつにもましてバタバタと忙しない。居残り組は全員残業しなければならず、中でも一番仕事量の多い伏見は基本的に舌打ちをする機械のようになるし、書類仕事が向いていない日高や道明寺に限ってやたら元気だ。

「コーヒーどうぞ」

眉間の皺がそろそろ消えなくなってきた伏見に、いつものように秋山がコーヒーを出した。「こないだお好きとおっしゃってたブルマンサントスです」と。

「ああ、どうも。てか秋山、あれだな、お前、普段から右目隠れてる上にマスクすると完璧不審者だな」
「…伏見さん、お疲れなんですか?」

普段冗談なんてものは死んでも口にしない上司が珍しく冗談を言うということは相当きているんだろうと秋山が心配そうな顔になる。特務隊の面々で現在まともに動けるのは伏見と秋山、道明寺、五島、日高くらいなのだが、そのうちの二人の事務処理能力は底辺どころかマイナスの域に差し掛かっている。出す書類出す書類全てに誤字脱字が見受けられ、それをチェックしなければならない伏見には相当なストレスだった。しかもマスクが窮屈だからといってそれをしていなかったせいか頭痛がする。喉もなんだかいがいがしていたし、これは本格的に風邪をもらってしまったかもしれない。

「顔色も悪いですし…体調がお悪いなら今日は早めに切り上げて休まれた方が…」
「さすがに、副長がいなくなって俺まで寝込んだらどうにもならなくなんだろ。室長はやたら元気だけどあの人事務処理能力とかないし。まじどんだけ副長に仕事させてたんだよ…とりあえず、秋山マスクくれ」
「いいですけど…無理はなさらないでくださいね」
「…熱はねーし、どうにかなる」

さすがにこれ以上感染を拡大させるわけにはいかないから、と伏見は秋山からマスクを受け取り、またデスクに向き直った。どうにも書類仕事が減っている様子がない。これは日付が変わるまでに終わるだろうか、と伏見はまた舌打ちをした。

伏見がどうにか出来上がった書類だけでも宗像に提出してしまおうと執務室を訪れると、そこでは珍しく宗像が書類を広げていた。

「おや、伏見君も風邪ですか?」

伏見のマスク姿を見て、宗像が眉をひそめる。

「…予防です」
「それにしては酷い声ですね」
「…そんな普段と変わらないでしょう」
「本人にはわからないものですよ」

宗像は伏見から書類を受け取ると、それにざっと目を通し、サインが必要なものにはサインをした。そうしてから、ひとつ、疲れたような溜息をつく。

「まさかこんなにも風邪が流行るとは」
「…室長はマスクしてないですけど、いいんですか」
「おや、心配してくれるのですか?」
「んなわけないでしょう。さすがに室長に倒れられると業務停止なんで」
「素直じゃないですね。私はどうにも免疫力というものが人よりも強いらしいのですよ。生まれてこのかた風邪というものを引いたことがありません」
「…馬鹿は風邪を引かないって言葉、知ってます?」
「君は本当に失礼ですね」

まぁいいでしょう、と宗像は伏見の退室を許した。

「ああ、伏見君」
「…なんです」
「あまり無理はしないでくださいね」

宗像の言葉に伏見はひとつ舌打ちをしてから、「さすがに俺まで倒れたら業務が立ち行かなくなるじゃないですか。副長が復帰されるまでは無理くらいしますよ」とだるそうな目を宗像に向ける。そうしてすぐに退室してしまったものだから、宗像は溜息をつくことしかできなかった。

「君がそういう性格だから心配なんですけどね」

宗像は独り言ちて、ペンを取った。さすがに、部下にばかり苦労をかけるのは気が引けたものだったから。


END



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